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「ぬおぉぉっ!!」
飛び掛る四足小型変異獣を薙ぎ払う、パルチザンのフォトンの残光。
そしてその中心には、あの蒼きヒューキャストの姿があった。
「むぅ、面妖な……。出てくる奴らは禍禍しい動物ばかりだな……」
周囲を見回しつつ、そのヒューキャストはポツリと呟く。
小型変異獣の流す体液は、やはり緑色だ。
「……?!」
その時感じた異様な気配に、カメラアイがスッ、と細くなる。
「…大物か……」
パルチザンを両手で改めて握りなおす。
照明が落ちた薄暗い通路内。
闇の奥、約200m程だろうか。何者かの「意志」が少しづつこちらへと向かっていた。
それが放っているのは、純粋な殺気。
生物であることに間違いはないだろう。だが理屈が通じそうな相手でもなさそうだった。
今まで襲いかかってきた連中を思い出し、彼はやれやれと首を振る。
「…しかして……降りかかる火の粉は払わねばならぬ。
…ならば……震電、参るッ!!!」
蒼いヒューキャスト―シンデンが無駄のない動きで敵へと突進する。
ぐるあぁぁぁああっっ!!!
ソレもまた、シンデンの殺気を感じ取ったのか歩む勢いを増した。
攻防は一瞬だった。
ニ脚大型の哺乳類に近いと思われる変異獣が、どうと重い音を立てて倒れる。
「ク…ぬかった…」
しかし、シンデンもただでは済まなかった。
左眼の辺り、外装が削り取られてカメラアイが潰れてしまっていた。
思いもよらず高速で振られた変異獣の腕に、流石の彼も反応し切れなかったのだ。
生身の体ではない為痛みや出血はないものの、視界が狭まったのは近接戦闘を得意とする彼には大きなマイナスだ。
「……悩んでも始まらぬ…行くか……」
パルチザンを軽く振り背中のマウントに固定したシンデンは、その昔存在したという"ニンジャ"の如く、片目が無くなったのを感じさせない軽い身のこなしで通路の奥へ奥へと進んでいった。
その翠の髪を持った少女は、通路に倒れ伏していた。
「う…く……?」
遠く、近く。
足音がする。
「……来…ない…でぇ…」
また、あの"力"が表に出てしまったら。
まだはっきりしない頭の中でそう考えると、彼女はまるで痛みを堪えるかのように身を丸くした。
事実、心が、胸が痛かった。
いつもそうだった。あの博士に会ってから。
ふと気が遠くなり――気がつくと周りには誰もいない。
あるのは機械だったものの残骸だけ。そんな毎日が続いていた。
訓練と称した、"力"の発言を見る為の実験。
その"力"が…今や暴走を始めてしまっていた。
誰にも、自らの意志でも制御できず、ただ目の前の者を傷つけていく"力"。
幼い彼女――エミーナにとって、それは何よりも辛い事だった。
「…や…だよぉ…」
逃げなければ。
本能的に、彼女は思った。
しかし、どこへ逃げればいいのだろう。身寄りもない、帰る家すらない。
絶望的な気分になりながら、ゆっくりとふらつく身を起こす。
薄暗い通路の中。傍らにはフォトンの輝きを残した紫色の鎌が放り出されていた。
そっと手にとる。
いつの間にか手元にあり、しっくり手になじむ鎌。
大きく振ると、紫色のフォトンの残光を残しながら鎌が風を切る鋭い音が耳に届く。
皮肉にも、その感触が彼女の気持ちを落ち着けてくれた。
「……んしょ、っと」
たまたまポケットに残っていたモノメイトをかじり。
エミーナは通路の奥へとその身を引きずるように隠した。
「ん?」
「どした?」
「いや、さっき女の子の声が聞こえなかったか?」
「え?」
こう見えてもソーマの視力・聴力はかなりいい。
女の子限定であればもっと良くなるのだが(笑)。
「気配はするな……」
ウィルがポツリと言う。
「いきなりビンゴかも!?」
「よっしゃ、早速助けに行こうぜ」
逸るシーガルとソーマとは対照的に、ウィルは押し黙ったままだった。
「イフィが足止めに残ってくれた今、安易に動くのはまずい…。
が、しかしこうも変異獣が闊歩してるとなると……行くしか、ないか…」
その時だった。
『来ないで!!』
直接頭に響くような、少女の「声」が聞こえた。
「「「「?!」」」」
慌てて辺りを見回すが、4人以外には誰もいない。
薄暗い通路が前に後ろに続くだけだ。
『……お願いだから…ボクに近寄らないで…』
再び聞こえる声。
いや、正確には声ではない。頭に直接響く「思念」と言えるもの。
その「声」はあまりにも弱弱しく、彼女が疲弊しきっているのを物語っていた。
「どこにいる?!俺達は君達を救いに来たんだ!」
辺りを見回しつつ、ウィルが怒鳴る。
『…来な…い……で…』
「!、ちぃっ!!!」
「ウィル兄!!」
通路はちょうど十字路に差し掛かった所。その右側奥に翠色の髪の少女が力なく座り込んでいる。
その通路の更に奥から別の気配が近づいていた。
一瞬イー・フリーナかとも思ったが、レーダでの反応は全く別のもの。
それを確認するや、問答無用で駆け出すウィル。
「間に合ええぇぇぇぇっっ!!!!!」
彼女を掴もうとした腕をサバイバーで叩き切り、そのまま更に横へ振り切る。
実にあっさりとウィルは機械兵を一刀両断していた。
「大丈夫か?!」
「…あ……」
フラリとよろけた彼女のその身体をしゃがんで受け止める。
驚くほど軽い。少女はそのまま気を失ってしまったようだ。
「まずは一人目、救出だな」
ほっと息を吐き、ウィルは皆に振り返った。
「ん…」
「気がついたか?」
「…ここ…は…?」
はっきりしない頭で、エミーナはぼんやりと辺りを見回す。
どこかの部屋らしい。目の前に全身黒ずくめの男の顔が見えた。
「ソーマ、まだモノフルイド残ってたか?」
「あぁ。ちょっと待っててくれよ…ほい、これだ」
「これ、飲めるかい?」
そう言って彼は、エミーナの口に少しづつ流し込んでいく。
「…んっ……んくっ…」
液体が、身体に薄く広がっていく感覚が心地いい。
そう思って、彼女は目を細めた。
「ウィル兄、その子が…?」
「あぁ。恐らく、な」
「調べなきゃ分からないでしょ、ったくもぉ。ごめんね、髪の毛一本だけ貰えるかな?」
今度は視界に青紫の髪をもつ女が現れた。
こくりとうなずく。
「…うん。正真正銘、この子みたい。95%以上の確立で本人だって」
安心したようにうなずく男。
「君が、エミーナかい?」
「…どうして…ボクの…名前を?」
「言ったろ?君を助けに来たんだ。もう安心だからな」
そう言って、彼は彼女の身体を優しく抱きしめた。
「…あ…っ…」
何故か、彼の言葉は信用できるような気がする。
暖かい。
ぼんやりそう思い、エミーナはゆっくり目を閉じた……。
「相当疲れてたみたいだな、この娘」
シーガルがウィルに縋りつくようにして寝息を立て始めた少女――エミーナを起こさぬように小声でウィルに話し掛ける。
「あぁ、見たところかなり疲弊してる。
大掛かりなテクニックを発動しない限りニューマンだったらこういう風にはならないはずなんだが…?」
「…………」
その傍らで、ソーマは一つの嫌な予感が当たってしまっていたことを感じていた。ウィルやシーガルにも伝えていない彼の忌むべき過去。
「それ」を施された時の症状が、今のエミーナとそっくりなのだ。…そして、オプト・グラッハルという名前。
『……あの野郎…まだ生きてたとはな…。絶対ぇ許さねぇ!』
過去の自分をエミーナに重ね、怒りに燃えるソーマ。
そんなソーマをアムは心配そうに見つめていた。
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