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あの刺激に満ち溢れた集会から3日。
大量の食材を持ってきてくれたお礼ということで彼女に案内されたのは厨房だった。
断ることもできず、そこに連れていかれ、椅子に座らせられる。
目の前には、試作品を食す為に設置されている質素で大きなテーブルがあり、そこには豪勢な料理が所狭しと広がっていた。
ローストした何かの肉の切り身。
赤く茹であがった甲殻類の鋏とタルタルソースの付け合わせ。
生春巻きにはどこかの惑星で見た根菜が巻かれている。
赤いスープには一体何が溶けているのか分からないがとろりとしていそうだ。
エトセトラエトセトラ、他にも山盛りの料理がある。
左をチラッと見ればそこにはこの料理に使われた食材があるだろう。
だが、僕は努めてそれを見ないようにする。
何があるのかは自分自身が持ってきたモノのため、よく分かっている。
だが実際に食材を見ると食欲を無くしてしまう人間もこの世にはいるのだ。
とくに彼女の料理の場合は。
僕は恐る恐る手を伸ばし、ファルカポネの殻を素手でむいた。ぷりんっ、と勢いよく一口大の真っ白な身が出てくる。ほんのりと香るのは潮の香だ。
大きく口を開けて頬張り、奥歯で身を噛みしめると繊維を押しつぶす感触と共に肉汁が溢れてきた。
シンプルに塩茹でしたらしい。ファルカポネの身は意外と癖が無くて素直に美味しいと思える味だった。培養エビよりよほど旨い。
飲み込み、頷き、これは大丈夫だと安心して、もう一個手に取り殻をむく。
「どう? 美味しいでしょ? ダガンから採れた塩で茹でてみたの!」
背後に控えていたシェフが欲しくもない情報を言ってくる。
咀嚼が止まり、喉が動かない。当然手も止まる。ごくん、と何とか飲み込んだ。
美味に感じられていた筈の塩気がとても不快に思えてならない。
ダガンというのは黒い甲虫型のダーカーだ。
4本足で、中型犬ほどの大きさ、群れて襲ってきて、黒光りしている、虫だ。
アレから塩を採って茹でたものが僕の口の中に入ったわけだ。
「フランカさん、食べてる最中に何使ったか言わないでくれってさっき頼んだばかりじゃないか……」
「だってリバーさん、とっても美味しそうに食べてくれるんですもの! ダガンもちゃんと調理すれば美味しくなるってわかったでしょ? 食わず嫌いはダメよ!」
振り返って叱りつけると、奇怪料理人フランカはまるで怯むことなくそう言う。
別に彼女は悪い人間ではないし、僕にダガンの煮汁からでた塩を摂取させたのも悪意はない。
だからと言って他人にゲテモノを食べさせようとするのはどうなのか。
『フッ、見苦しい。元はと言えば君が彼女のオーダーを利用して、楽にレベルを上げようとしたのが原因だろう?』
Wis:個人通信が僕宛に届く。だが、そのWisを発しているのは今僕の左肩に浮いているマグ:ベレイである。
『うるさいな。今僕が話しているのはフランカさんなんだ。黙ってろよゼンチ』
『ゼンチという呼び方はよせと言ったろ! 僕は全知を識りたいだけで全知になりたいわけじゃない!』
『そんなに全知を識りたいならこの料理の味がわかるか? 分からないなら食ってもいいんだぞ』
オリジナルは全知に成ろうとしていたぞ、という言葉はこのコピーを酷く傷つける。
なので、その代わりに僕に代わってフランカさんの料理を食べるように誘導してみた。
どうせ食べようとしないだろうが。
『ふむ、面白い。食べてみようじゃないか』
……意外だ。
どうもコイツは僕の知るルーサーとは勝手が違う。
とはいっても、あのモノリスで焼き付けられた記憶上のルーサーと違うだけで、本人もこうなのかもしれないが。
目の前のマグはテーブルに近づくと、食事を平らげ始めた。
マグは口こそないが、口に当たる箇所が触れた部分を瞬時にフォトンとして分解し吸収する。
さながら鳥がついばむように食べるわけだ。
「まぁ、リバーさんのマグ物凄い食べっぷりね!」
これは追加作らないと! と言いながら厨房にフランカさんは戻っていった。また何かを作るらしい。
マグのえさは多岐に渡る。食品、薬品、武器、防具、ディスク、家具。
ベッドやバスタブを食えるのだから、当然この程度の量も食べれる。
しかし、ゼンチはやたらとガツガツと食べている。
『なぁ、ゼンチ。もしかして食事したの久しぶりなのか? お前の立場ならいくらでも食べれたろ?』
『浮上施設を管理していた時は食事をする必要はなかったし、そもそも出来なかったからな』
なるほど。何十年も囚人のような生活をしていたわけだ。
そういえば、ルーサーは退屈を何より恐れると聞いている。
永劫の時を生きるフォトナー故の苦しみなのだろう。
そんなルーサーにとって放棄された施設を精神体だけで管理するというのは地獄の責苦に等しいのかもしれない。
『それにこの料理は構成こそ既存料理を踏襲しているが材料との組み合わせは未知のものだ。非常に興味深いね』
Wisで通信しながら、ゼンチはそう言う。
一体、どうしてこんなことになっているのか?
嘆息しながら僕は3日前を思い出した。
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