「何故?意外でも何でもないだろぅ?
駐在した以上は部下を心配するものだ、違うかぁ?」
クツクツと嗤う490。
その姿に警戒したか、傍らのエミーナが身構える。
バカな娘だ。今更自分の立ち位置に気がついたのか。
もう遅い。
君は、ここで誰にも救われることなく死ぬのだから。
では――
(……何故僕は、こんなにも震えている?)
過去を消し去る事は、僕にとって幸せな事なんじゃないのか?
頭痛は吐き気を伴うくらいまで酷くなってきている。
これでやっと終わるという安堵感と、激しい違和感を同時に感じ、僕は490を目の前にして立ち尽くす。
「クク……では、楽しい楽しいショーの始まりと行こうじゃないか…こいつを血祭りに上げて、なぁ!!」
傍らのアイツは、大きく目を見開き――こちらへと震えながら振り返る。
「嘘だよね……?嘘だって…言ってよ。コレが……キミが望んだ事だっていうの?」
「……あぁ、そうさ」
――そんな顔を僕に向けるな。
哀しそうな、絶望に塗れたその表情は、僕の身体を縛りつける。
「どうしたぁ、ティル・ベルクラント?
貴様が終わらせないのであれば、俺が終わらせるまでだが?」
「……いや、僕にやらせてくれ。決着は、この手で付ける」
そうだ。
僕がこの手で決着を付けると、あの時決めたんだ。この手で、全て終わらせる、と。
ともすれば力が抜けそうになる指先を、歯を食いしばって耐えつつハルヴァを構える。
「後はないよ、エミーナ・ハーヅウェル……君は、ここで死ぬんだから。覚悟はいいか?」
「ティル……お願い、目を覚まして!!」
――まだ、そんな事を言うのか。
「目を覚ますのは君の方だ。
……本当に馬鹿だな、君は。まさか、一人で僕の目の前にのこのこ姿を現すとは……」
本当に。本当に、バカな奴だよ、お前は。
殺される為に、ここまで、本当に、一人で。
立ちくらみと、頭痛は酷くなる一方で。
「……ッ、……やるしか、無いみたいだね」
悲しげな光を瞳に宿しながらも、強い視線でこちらを見つめ返してくるエミーナ。
(へぇ?いい目をするじゃないか……)
でも。一方でこうも思う。
儚く、簡単に崩れるようなものなんてイラナイ、と。
僕が欲しいのは、確固たる居場所。
それを得るためなら――。
「ふん、一人で何ができる?何秒耐えられ――」
「490。こいつは、僕の獲物だ」
「ふん?今更だなティル・ベルクラント、あれだけの失敗を重ねてどの口が言うのだ!?」
「聞こえなかったか?こいつは、僕の獲物だ。邪魔をするな!!!!」
言うとちょっと楽になった気もする。
そう、コイツに手を掛けるのは、僕だけの特権だ。僕だけの、獲物だ。
ちろり、と乾いた唇を舐めて湿らせて、僕は彼女に冷酷に宣告を下す。
「君は、僕が斃す。僕だけに、ね。さぁ、いくよ?」
「――来いッ!」
僕の呟きと、彼女の叫びと。
響く声が、火蓋を切った。