Cross Point
Prologue...[アルキダスキモチ]



 


先のコロニー崩落事故では退避命令が出ていたし、そもそもその直前には各地で大規模な統合軍の暴走もあり、殆どの隊員が出払っていた為、不幸中の幸いにもコロニー側の人的被害は"比較的"少なく済んだ(とはいえ、実際の所死者・行方不明者が万単位で出てしまっているのだが……)。

問題とされたのは、寧ろ隊員が生活している職員寮。崩落の際、該当エリアの一部も一緒にパージされてしまって、隊員数に比べて居住エリアが足りなくなってしまった。
苦肉の策として考え出されたのが、親族や友人隊員との部屋のシェアだったというわけだ。
ボクの元居た部屋はと言えば、こんな時に限って見事に大当たり。部屋が無くなってしまって途方に暮れていたボクに、ノラが助け船を出してくれ、今のような共同生活をさせてもらっている。

「エミにゃ?」
「……うん?どうしたの?」

食後のゆっくりした時間。ソファに座ってホロTVを見ながらちょっと物思いに耽っていたボクの隣に、ノラが遠慮がちに座って声を掛けてきた。

「うにゅ……何か、無理してないかにゃ?」
「……無理?どうして?」

努めて明るい声で応えてみようとしたものの……失敗した。気まずい沈黙が数秒続いた後言葉を紡いだのは、やっぱりノラの方からだった。

「最近、エミ姉が辛そうな顔してる事多いから……その、大丈夫かな、って」
「……」

ノラが俯いていた顔を上げ、金色の瞳でこちらを見上げてくる。この小柄な親友が心の底から心配してくれているのは痛い程分かる。
何しろ長いつき合いだ。多分、ボクが悩んでいる事も知っての上でだろう。――でも、今回ばかりは言う事ができなかった。
嫌われたくない。独りにされたくない。そんな考えばかり浮かび、言葉はカタチを成す前に吐息となり。

「もしエミ姉さえよければ、相談に乗るよ?」

差し伸べてくれた優しい言葉に、気の利いた言葉も掛けられず……。

「うん、大丈夫。……ありがとう」
「にゃ……」

礼の言葉を述べるのが精一杯だった。
"ありがとう"。
本当は感謝の言葉であるはずなのに。今のボクにとってその言葉は上辺だけで、実際は拒絶と同義だった。なのに。

「エミ姉。無理と、無茶は、取り違えちゃダメだよ?
 もし身動きが取れなくなりそうなら、絶対、絶対声を掛けてね?」

彼女は微笑んでくれて。

「今は、ごめん。でも……いつか、ちゃんと話すから」
「うん。約束だよ」

……何故彼女は、拒絶したボクにこんなにも優しく接する事ができるのだろう?
ノラの優しさに耐えきれなくて、自分の心の狭さに我慢ならなくて、ボクは逃げるようにその場を立ち去る事しかできなかった。
そのまま、自室のベッドに身体を投げ出し、目をきゅっと瞑る。

(……どう、しよう。どうすれば、いい?)

愛しくて、苦しくて。甘くて、苦くて……。
気持ちの整理がつかないまま今夜もまた、ボクは眠れぬ夜を過ごす――。