再び目を覚ました時には、深夜をとうに過ぎていて。
(こんな時間か……)
このままもう一度眠ってしまおうかとも思ったが、身体に粘りつく汗の感覚が心地悪い。
どうせシャワーを浴びるなら、もう1セット訓練してからにしようと減灯された通路をVRルームへ歩いていたところで――。
「精が出るな、ティル・ベルクラント」
「ッ、490……まだ起きていたのですか」
そこで待ち受けていたのは、いつも最後まで起きているはずの"店長"ではなく。
監督官として一時的にここへ駐在する事になったGH490――の姿を取った"イルミナス"の端末だった。
異様な圧迫感に、じわり、と背筋に冷や汗が流れる。
「なぁに。努力を怠らぬ人間は、自然と目に入るものだ。それに――」
490は身なりに似合わぬ渋い声でそう言うと、僕に一瞥をくれてくつくつ笑った。
「貴様はニューマンながら、ヒューマン至上主義に賛同した希有な存在。目立たぬと言えば嘘になるか……」
「……」
勿論、僕に賛同した覚えなどないし、今後する気もない。僕がここに居るのは、居場所がたまたまここだったからだ。
だが、その不快感を顔に出す事はしない。少しでも反乱の意志ありと判断されたり、不要だと判断されれば――即刻"処分"される。
『生き残るためには、まず何より感情と表情を切り離せ。
次に、心を動かすな、動揺するな』
と、幼い頃の僕に"店長"はよく言っていた。
つまりは、"イルミナス"はそういう所だ。
「"Lunatic"班には、特に期待しているよ。それから、貴様にも、な……ティル・ベルクラント。
私も少し休む。貴様も休め」
「――了解しました」
直立不動のまま490を見送り、その姿が見えなくなったところで僕は冷や汗を拭い、一つため息を吐いた。
組織を維持する為の重要な作戦だという事は、分かる。プレッシャーだって少なからず掛かるのは当然だ。
だが――一方で僕は違和感を感じてもいた。
(何故、僕ら限定なんだ……?)
先日のミーティングでも他班の荒事に慣れた腕利きが多数参加していたはずだし、それに僕はニューマンだから、という理由だけで他の構成員から疎まれてきた。二重の意味で注目される筈がないのだ。寧ろ使い捨ての駒と認識されていた節もある。
……只一人、"店長"を除いては。
彼は厳しかったけれど、僕にはいつも良くしてくれた。
だからこそ僕は今、こうして実力を付けてここに居られる訳だが……。
(思考がずれている……何をやってるんだ、僕は)
いつもの偏頭痛までぶり返してきた。
胸元のピルケースを取り出し、2〜3粒を一気に飲み込む。
目を閉じ、痛みが引くのを待つ。
(全部、あいつのせいだ……)
心に疑念が沸くのも。
心に小波が立ち、収まらないのも。
人知れず僕の心の中に入り込み、かき乱して……平常心で居られなくする、ウイルスのような存在。
(エミーナ・ハーヅウェル……)
僕は、おまえが嫌いだ。
必ず、僕のこの手でこの世界からお前を消し去ってやる。