■Owner Side.
「……"店長"」
「ま、俺からはそれだけだ。落ち着いたら片付け手伝え」
「――はぃ」
胸倉から手を離すと、その場にへたり込んじまったティルを倉庫に残し、俺は厨房へ戻る。
ちと言い過ぎたか、とも思ったが……いや、それだけ危険な行動を起こそうとしたのだ。
強すぎる位でちょうどいい、と思い直す。
(普段は、こんな判断ミスするような奴じゃないんだがな……)
俺が知っているティルという娘は、常に沈着冷静で感情を滅多に表に出さず、命令通りに粛々と任務を遂行する。そんな人間だった。
まぁ、そうなった原因は分かっている。
自分とそっくりな人間が突然出現し、そいつを殺せと命じられ――表には出さないが精神的に相当参っているのだろう。更に悪い事に今までの任務に失敗が殆ど無かったせいで、行動を起こせない自分が許せず――挙句自暴自棄な衝動的行動に出ようとした。
ま、そんなとこだろう。
(……)
何とかしてやりたいが、気の持ちようはどうしてやることも出来ない。自力で持ち直してくれることを願うばかりだ。
煙草を吸おうとズボンのポケットを探ってみるも切らしていた事に気づき、手持無沙汰になってエプロンのポケットに手を突っ込む。本来其処に入っていたのは肌身離さず持ち歩いていた、小さな汎用メモリディスク。
中には俺が独自に集めたプロジェクトRDHにまつわる事件のデータが目いっぱい詰まっている。本来はいずれティルの心の準備が出来たら全てを伝える為に渡そう、と思って作っていた代物だが――。
(自暴自棄は俺の方、か……?)
どうやら宴会場の方はそろそろ撤収時間らしい。
部下が片付けに入った事を見越して喫煙スペースに座り、俺は苦笑を喉の奥で転がして一つため息を吐く。
万に一つの可能性に掛けてみたくなった、ってぇ言うとバカみてぇな話だが……もちろん、完全に自棄になった積もりはない。それなりの勝率を見込んでの事だ。
そもそもの発端、今回の計画自体あの思考が硬直しきった"イルミナス"上層部から、しかも中間組織の経由をぶっ飛ばしての直接指示だった事。
ティルとデリート対象者、エミーナ・ミュールに血のつながりが無いと俺には到底思えない事。他人の空似というには――ティルはあまりにあの嬢ちゃんと似すぎている。
更に、俺が発掘したデータの中にどうやらあの嬢ちゃんが一人娘ではなかったとの記載もあった事。
(おまけに……)
"Lunatic"――目立った功績もないうちのチームを今になって上層部が重要視してきやがった事。
……ひとつならまだしも、此処までネタが揃ってくるともうクサいなんてもんじゃあない。
恐らくあの二人には何かしらの因縁があって、それを知ってる"イルミナス"上層部が関係のあった俺達諸共消したがってる、てところだろうか。
(かと言って、俺はホイホイ消されるようなお人好しでもねぇし、意味もねェ派閥闘争に巻き込まれるのもゴメンなんでね……)
いずれ近い内に大々的な粛清行動を"イルミナス"上層部が起こすだろうと踏んでいたのもあり、手遅れにならぬ内にあの嬢ちゃんがティルを取り戻しに動く可能性に掛けて、嬢ちゃんが着てきたジャケットの胸ポケットへメモリカードをすべり込ませたってわけだ。
( …… しかして現状は、退いても地獄、進んでも地獄、ってか?)
事態は流動的、どっちへ転んでも分の無い勝負だ。
状況が俺の睨んだ通りであれば、嬢ちゃんにとってあの情報は恐らくティルを救う手立てになるだろう。何よりあの嬢ちゃんがティルの周囲を嗅ぎまわっているのは上層部も承知の上だから、万が一あのデータが上層部へ漏れたとしても、俺から漏れたと直ぐには判断しまい。
更に運が良けりゃ、情報提供した事をネタに俺達自身をガーディアンズ側で保護して貰う事も可能かもしれん。まぁ考えうる限り、それは最悪の事態の一歩手前でもあるんだが……。
(ま、命あっての物種、ってな。どんな形にしろ、生きてりゃもう一回くらいチャンスもあるだろうさ……)
こんな時に自分の命を天秤にかけてニヤニヤできる奴は、よっぽどの快楽殺人犯か刹那主義者か、或いは確実な"勝利"を確信している奴だけだろうが……。
(今の俺は、どうだろうなァ?)
しかし、匿名で電話予約が来た時ゃ驚いたが……直に会う機会を作ってくれるたぁ、ガーディアンズにも相当肝っ玉の座ったワルがいるらしい。
俺らが手を出したところを一本釣りする腹積もりだったのかもしれんが、今回ばかりはそいつの機転に感謝かもしれねぇなァ。
なにせ、 あいつを無意味な闘争から退けられるかもしれねぇキッカケを与えてくれたんだからよ。