Cross Point
Prologue...[アルキダスキモチ]



 


暗闇の中。赤い色彩。キャストの手。離れていく誰か。
そして――。

「……っ!?」

飛び起き、一瞬パニックになるが……照明が落ちたいつもの部屋である事を認識し、夢だった事に安堵する。

(寝ちゃってた、のか……)

フィグにお仕置を済ませた後、身体と髪をを乾かしてTシャツと短パンというラフな格好でベッドに腰掛けてたはずだったのだが……いつのまにか、眠り込んでしまっていたようだ。ベッド横にある時計を見れば、まだ17時。ノラ達が帰ってくるにはまだ3時間程ある。

(また、あの夢……)

暗闇の中、自分が世界に独りぼっちにされたような気がして。怖くて……なにより寂しくて。一人、残された時の事を思い出してしまう。

――ボクは"孤児"だった、らしい。
らしい、というのは……ボクが当時の事を何一つ覚えていないから。分かっていたのは、ボクが「エミーナ・ミュール」という名前を持つ一人のニューマンの娘、だという事実だけ。
"その時"になにがあったのかも、家族という存在がいたのかも、その家族が今生きているのかすら――分からない。
自分が覚えてもいない事を事実とは認識できず、当時の記憶が無くても困る事は無かったから、特に気にはしていなかったけれど……でも――いや、だからこそ。ボクの心の中の"隙間"が、日々過ごしていく内に大きくなって行くのが分かってきて……。

(あぁ、こんな時に何考えてるんだ、ボクは……)

目を閉じ、手足を引き寄せて、震える身体を抱きしめる。

(ウィル、兄……)

想人の名を心の中で呼んでみても、ここには"彼"は居ない。心の奥底に隠した想いが成就するはずも、ない。
分かって、いるんだ。
でも。

「ん、くふ…ぅ」

独りぼっちになってなどいない、分かってる。理性では分かってる事なのに、こびり付いた恐怖感と寂寥感は消えなくて。

(……)

ボクが"ボク"になってから、ずっと隠している、誰にも言えない想いがある。
ボクは――兄さんが、ウィル兄が好き。
多分、妹としてではなく、一人の女として。

「ひ、あっ、あはあっ!!」

それに気付いてから、ボクは必死に、この想いを隠し続けてきた。
それは許されない想いだ。 バレたらきっと……ここに居られなくなって……"ボク"は、ボクじゃいられなくなってしまう。

(でも、我慢、できなぃ……)

寂しさを紛らわせたくて。
どうしようもない身体の疼きを何とかしたくて。
彼に抱かれたい、抱きしめられたいって想いが溢れて、切なくなって……。
ボクは、その都度、自分を慰める。

「っく、ぃ、ひんっ……――――――ッッ!!」

抑えた声が吐息とともに漏れ、背中に走った痺れが、全身に広がって。
身体が硬直して、目の前が真っ白になって。快楽と、罪悪感と、寂寥感とでぐちゃぐちゃになりながら、ボクは登り詰め――。
やがて、ふわふわと浮いていた感覚が少しづつ戻ってくる。

――また、やっちゃった。
泣きそうになりながら、ボクはその場にへたり込む。

「……なに、やってるんだろ。ボク……」

一時の快楽に逃げて。空しくなるのを分かってて、自分を追い詰めて。馬鹿みたいだ。
汗でじっとりと汗ばんだシャツに居心地の悪さを感じながら、ゆっくり身を起こして姿見鏡を見る。其処には、瞳を潤ませた一人の女が、緑の髪を乱れるに任せて泣き笑いの顔で映っていた。

(……)

現実と、虚構。ココロと、カラダ。
想いがどんどん大きくなって。このまま、その境界が曖昧になった時――ボクは……どうなってしまう?
その先を知るのが怖くて、でもそうなりたくて。その一方で、そうなりたい自分が浅ましく見えて。頭の中、グチャグチャで……そんな自分が、想いが、嫌になりそうだった。

結局、その後も眠れずにごろごろとベッドを転がっている内に、残るルームメイトも帰ってきたようだ。
流石にこのままでは出られないので、手早く身なりを整え(とは言っても下着とTシャツ、短パンを着替えて髪をポニテにする位で、あまり代わり映えはしないのだけど)ボクと同じニューマンの少女、ノラネコと彼女のPMのGH410、チィを出迎える。
フィグの姿が見えないと思ったら奥で調理中らしい。時間ぴったりとは、相変わらずよく気の利く子だ。
……あの癖さえなければ、本当によい子なんだけど。

「ただいま戻りましたー」
「ただいにゃ〜!てエミにゃ、起きてて大丈夫なのにゃ?」
「うん、大丈夫だよ」

義理の兄に対する想いで悩んでいると素直に打ち明けたら、彼女はどんな顔をするだろうか?……自暴自棄になりそうな思いを胸に秘めて、心配を掛けまいと精一杯微笑む。

「にゃ〜……」

彼女は何か言いたそうな表情を一瞬浮かべたが、にこっと笑って持っていたビニール袋を差し出した。

「お刺身買ってきたにゃ、一緒に食べるにゃ〜♪」