「……ん〜。空に、なっちゃった?」
「エミニャ、ピッチ早すぎニャ〜……」
グラスをひっくり返して振ってみても、一滴も落ちてきやしない。これで何杯目だろう?
隣の皆はというと、卓上にぐで〜っと伸びてしまっていたり大イビキ掻いてたり。
はれ、もうそんなに時間経ってたのかぁ……。
「ボクも、びっくりだよぉ……」
こんなに飲めるとは思ってなかっただけに、自分でもホントびっくりだ。
「んふふ、次は何飲もうかなぁ?……えーと、すいませーん」
「……お待たせしました。ご注文ですか?」
近くにやってきたのはさっきの店長さんではなく、別の店員さん。腰まで伸びた艶やかな赤毛と、赤い瞳がとても印象的な女性だった。
「えっと、んじゃカルーアミルクを」
「承知いたしました。暫くお待ちください」
慣れた手つきで彼女がカクテルを作っていくのを見やりつつ、ぼんやりと思う。
(今度、ここの店ウィル兄に教えてあげよう)
まぁ、彼はパルム在住な上にパルム支部勤務なのだから、もしかするとこの店も知っているのかも知れないけど……ボクも成人しているのだし、家族皆で来るのも悪くない、かも。
(そう、出来れば、二人で。それで……)
そんな妄想にまで至って、背筋がすっと冷たくなる。
結局、お酒飲んだって……そこは解決しないんだ。
急に身体が冷えてきたように感じて、ボクは俯きながら言葉を絞り出した。
「ねぇ、ノラ」
「にゃー?
エミニャ〜、あんまり飲みすぎはメーにゃのよー?」
「もしも、だよ?
もしも、ノラの家族を誰かに奪われたら……どうする?」
「星霊様に代わって惨殺ニャッ!!」
「!?ッ」
瞬時に変わったノラの剣幕に、ボクは一瞬たじろいでしまう。
「って、それは言い過ぎにしても……きちんと相応の罰は受けてもらうにゃ。……また一人っきりになるのは、ごめんだから」
ノラが言った事は、つまりボクが隠している想いの、確実に到達する結末だ。皆の大事な家族を、自分勝手に奪えばどうなるか――答えは簡単すぎる位に明白だろう。
「……うん」
なんだか思いきり突き放されたように感じて。ボクはひとつ、頷くことしかできなくて。
「お待たせしました、カルーアミルクです」
「あ、ありがとうございます……」
いや、別に突き放された訳じゃない。これは、ボクの勝手な被害妄想じゃないか。
ノラは何も悪くない。そう、何も、悪くない。
(悪いのは、ボクだ……)
受け取ったグラスの、コーヒー色の液体の中に浮かぶ氷がゆらゆら揺れるのを見ながら、自嘲気味のため息を吐く。
なんだか、最近自己嫌悪に陥る事ばっかりだな、ボク。
「……はぁ」
「ん、どうした嬢ちゃん。景気が悪そうじゃねぇか?」
苦笑いしながら再び現れたのは、バーの店長さん。
「あ、えっと……。いえ、なんでも……ないです」
「ふむ……。
そのカルアミルクなんだが、うちの若ぇ奴が作った時に間違ったモン入っちまったみたいでな、交換させてもらっていいかね?」
「あ、はい 」
今頃になって酔いがひどく回ってきたようで、ぐらぐらと視界が揺れる。
このまま、意識を失って――次に目が覚めたとき、なにもかもを忘れる事が出来たら、どんなに楽だろう。いっそ、このまま――ココロゴト、コワレテシマエバ。
「おいおい、大丈夫か嬢ちゃん……?顔、真っ青だぞ」
「っ……」
今ボク、何を考えてた?
何もかも忘れてしまったら、壊れてしまったら――それはもう、ボクじゃない。"ボク"じゃ、なくなってしまう。それじゃ、ダメなんだ。ダメ、なのに。
(……)
何をどうしたらいいかわからなくて。
自分が辛いのか悲しいのかわからなくて。
奈落の底へ落ちていくかのように、ボクの意識はすぅっと遠のいていった。
「嬢ちゃん。あいつを、ティルを……救ってやってくれな」
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