「うぃる……兄、も……邪魔しにきたの?」
「……エミ?」
「……もう嫌……痛くて、寒くて……苦しいのはもう嫌っ!」
「エミ、落ち着け!」
「ボク、疲れちゃったよ……。
こんな思いをさせる為に……ウィル兄はボクを助けたの?ねぇ、そうなんでしょ?」
「お前、何言って……」
「だって、そうでしょ?
過去を知る必要はないって言ったのは誰?今まで隠してたのは誰?」
今まで無意識に、意識的に抑え込んできた、様々な思い。
一端破裂した勢いは、圧力が下がるまでは収まらない。
(……あぁ、とっくに限界だったんだ……ボク)
手のひらを思い切り払いのけ、ベッドの端へ後ずさり。
別の人の行為を見るかのような、冷めた、剥離した思考で、ボクはウィルの驚きの表情を見ていた。
「それは……お前のためを思って……」
「ボクのため……?
ハハ……ッ、ねぇ、ウィル?……ボクは、いったいウィルにとって、どんな立場なのさ?」
「……」
「言い返せないよね?
ボクが義妹だって事言い訳にして逃げてるんでしょ?ボクの気持ちなんて知らない癖に……。
いつも、どれだけボクが切なかったか……どれだけボクが……泣いてたか!」
いつの頃からか、ボクの中にぽっかり開いた、ココロの隙間。
月日が経つごとに、それは埋まるどころかどんどん大きくなって――いつしか、自分で埋めることすら出来なくなっていて。
「ボクはただの哀れな孤児娘?それとも……同居してるだけで関係もない赤の他人?
女としてすら見てくれないの?答えてよウィル!!」
……だから。誰かに、ううん、目の前の彼に、埋めて欲しかった。ボクを全部曝け出して、全部ウィルの色に染め上げられたかった。
(ウィル兄に、それを埋めてもらうの?それって、自分勝手じゃない?)
(埋めて欲しい?
快楽を、ウィル兄に求めてるだけだよね?それって結局、自分の欲望だけじゃないか)
(子供だね。結局お前は、自分で思ってる程変われてなんてなかったんだよ!)
蟠った怨嗟の声は、ボク自身にも容赦なく言葉の刃を突き立てていく。
あぁ……そっか。
皆を傷つけたくない、周囲からの期待を裏切りたくない、皆に笑っていて欲しい、って。
結局、そのどれもこれもが、ボク自身が切り捨てたくないって、一人ぼっちになりたくないって思いの、裏返しだ。
そして、そんな自分が。相反する、素直になれない弱い自分が一番嫌い……そう、大嫌いだったんだ。
それが、分かった。わかって、しまった。
でも。
それを気が付くのが少しばかり、遅すぎた。
「……」
「なんで?
……なんで、黙ってられるんだよぉ……分かんないよ、そんなの。全然分かんないよぉっ!!」
そしてボクは、
引いてはいけない引金を――自ら、引いてしまった。
「それとも、それすら答えられないの?意気地なし……!!
答えられないんだったら……もうこれ以上、ボクに、優しくしないで……ッ!!」
そこまで言って、熱かった頭の芯がすぅっと冷えて……思考がクリアになる。
今まで、彼に言ってしまった事に、全身の血の気が引いた。
もう助けてくれる人は、誰もいない。一番助けて欲しいと願っていた、目の前の人も、助けてはくれない。
当たり前だ。ボクから、"今"を全力で否定してしまったのだから。
「エミーナ……お前、言って良いことと悪いことがあるよな?いくら、なんでも!!」
ウィルの、見た事もない表情。
無表情で胸ぐらを掴まれ、ぐ、っと引き寄せられる。
殴られる。そう思ったし、そうされていいと思った。
ボクたちは、義理であるにしろ、兄と妹だ。家族の中にも当然ルールはある。それを一方的に破ったのだから、罰を受けるのは当然で。
これは、恩を徒で返すような、これ以上無い位の、ボクの、一方的な酷い別れの言葉。
(そう、これで、いいんだ……なにも、かも)
こうすれば、ボク以外、誰も困らない。ボク以外、みんな一緒にいられる。
そう、これで……これで、いいはずなんだよ、ね。
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