どれだけそうしていたのだろうか。ボクの涙で濡れた頬に触れ、ウィル兄はぽつりと呟いた。
「お前が、エミが……こんなにも悩んでたってのに。向いてる方向は、結局ずっと同じだったってのに、な……。
お前を助けることが出来た時。義理の妹としてお前が家にやって来た時。俺は、純粋に嬉しかったよ。でも、同時に――」
「……」
「……突然現れた妹に、どう接していいか、わからなかった」
「ぇ……?そんな、ウィル兄は……」
「俺は、結局……最初っから、お前を妹としては見れなかったって事だ。血が繋がってないとはいえ、こんな思いを妹に抱くなんざ……兄貴失格だよ、俺は。
……兄妹ごっこは、残念だが今日で終わりだ……エミ」
ボクの頭をくしゃくしゃっと撫でて、ボクの顔を見る。
「……っ!!」
それ、って……。
ボク――、捨てられ――?
「嫌……いやぁ、ボク、ヤだよぉ!!……一人は、嫌ぁ……!!」
半狂乱になるボクを、彼は肩を掴んで振り向かせる。
「話は最後まで聞け、エミーナ。誰が、一人にするって言った?!」
普段とは違う、ギラリとした眼光。ボクの中を見透かすかの様な緑色の瞳に、泣きはらしたボクの姿が映る。
「……お前がこうなったのは、俺にも責任がある。
気持ちを薄々感づいてても、それでも俺は行動に移せなかったんだからな……」
すまなそうに謝る彼を見て、また涙が滲む。
ウィル兄はなにも悪くなんてない。ボクは、ハーヅウェル家の次女だ。妹がこんな事をするのが、本当はおかしいのに――。
「ウィル兄は、なにも悪くないよ!その気持ちが聞けただけで、ボクは、十分……」
「俺も、お前が好きだ」
「――ウィル、兄?」
その彼に抱きしめられたまま、ボクの耳は思いがけない言葉を聞いた。
「さすがに、お前から先に告白されるとは思ってもみなかったけどなぁ」
「でも、ボクは……ボクと、ウィル兄は――」
「兄と妹だが、それがどうした?」
「どうした、って……戸籍上は!?ウィル兄だって、た、立場ってものが……!」
ボクが一番気にしていたのは、元々そこだった。ウィル本人にも、ボクの周囲の人にも、迷惑が掛かってしまうって……。
「まぁ、確かにどれも大事だわな……」
「だったら……。妹と、なんて……あっちゃいけない事、でしょ?」
立場が逆転してしまったようなデジャブを感じながらそう言うボクに、逆にウィル兄は答えを求めてくる。
「……じゃぁ、逆に聞こう。お前の想いは、そんなもんか?」
……ウィル兄、ずるい。
「……ッ……わかってる、癖に」
ずっと、ずっと想っていたのに。今、そんなこと言われて……今更離れるなんて、出来ない。
「……一つ言っておくぞ、エミ。
それ位で、うちの家族がバラバラになるとでも思ってたのか、お前は?俺らは、そんなことでお前に愛想をつかすとでも?」
「……!!」
「――馬鹿にするなよ?
少なくとも、俺は、家族としても妹としても――女としても、お前の事大事に思ってるつもりだ。アムだって、サフランだって、当然、イフィもな」
「……ウィル、兄。……ボク、ウィル兄のこと、好きでいて、いいの……?」
これを超えたら……もう戻れない。それでもいいのか、とボクはウィル兄に問うけれど。
彼は、あっさりと応えてくれる。
「当たり前だ。俺の大切な、"妹"だからな」
「ウィル……兄……、うぃる、ぅ……ふぇ、ん、く……」
抱きしめて、抱きしめられて。暖かくて、嬉しくて。さっきとは別の涙が溢れて。
そのまま、キスされる。嬉しいような、悲しいような、妙な気持ちだ。
「お前も、俺も……ホント、不器用だよ、な」
「ん……ふ……んくっ」
離れて、一つになって。また、離れて。
繰り返すうちに、思考も、身体も、いつしか一緒くたになって真っ白に溶けていく。
「……俺が戸惑ったまま、年月が過ぎる内に……」
少し離れて、眩しいものを見るかのようにボクの顔を覗き込んでくるウィル兄。
「お前はいつの間にか、こんなに大人になってたんだな」
「う、ん……」
ぽーっと霞掛かった思考の中言い返す言葉が見つからず、ボクは曖昧にうなずく。
……彼は、受け入れてくれる覚悟を決めてくれた。
(でも、ボクはどうなんだろう?)
今更になって、不安になる。
(一時の勢いで、言ってしまったんじゃないのかな。ボクは、本当に彼のこと、愛せる資格があるのかな……)
あんな酷い事、ボクは言ったのに。
それだけじゃなくて、兄妹じゃなく別の関係として、みんなに内緒で。こんな事……。
「はふ、ん、ちゅ……」
舌から、身体の奥へと熱が伝わっていく。身体の芯から溶けていきそうな、そんな、感覚。
パチパチと、頭の中で思考がショートしていく。
(……)
今夜、だけなら、と。
優しい悪魔が、思考の火花の中で囁いた。
みんなとの関係が、変わってしまうのなら……最後位、思いっきり甘えてもいいよね、と。
でも。
ウィル兄との気持ちを確認できただけでも、ボクには十分過ぎるのに。ウィル兄にも、みんなにも、これ以上迷惑は掛けられない。
流されそうになる思考をなんとか押し留めて、なんとか彼に伝えようとする。
「ウィル……兄」
「ん?」
「ごめん、やっぱり……」
「ん、怖い、か?」
「違う……違うの。
でも、これ以上したら……ウィル兄にも、みんなにも……」
「……気にするな。俺はもう気にしない。
それに俺も……お前の事が好きだ。抱きたい。抱きしめたい。途中でダメと言われても、止められない、からな?」
「んぅっ……」
言われ、深くキスされる。
それは、身体の奥底から熱を呼び寄せて、ボクを狂わせる……そんなキス。
(んぁ……はあ、ぁぁ……)
言われた言葉が、成された行為が、ゆっくり頭の中に麻薬の如く浸透していき――やがてボクは、何も考えられなくなる。
最早、疼く躰を収めることも我慢もできなくなって。
ボクは応える代わりに、
「ん……」
身を捩り、熱い躰を密着させて……一つ吐息を漏らした。
「……エミ?」
あの時両親を失った痛み。ルシーダを失った痛み。ウィルを……失いそうになった、痛み。
ココロに忍び寄る寒さと、痛みに、思考も身体もバラバラに砕け、ひび割れた躰から、熱が溢れる毎に思考は溶けて。
「今夜……今夜、だけ……。ボクを、ウィルで、いっぱいに満たして……もう、ダメなの」
理性のコントロールを受け付けなくなったボクの身体は、口は熱に浮かされたうわごとのように言葉が漏れていき、 腕はウィルの身体に絡みついていく。
(あぁ、そ、っか……。
ボクのココロ……とっくに、コワレてたんだ……ね)
そう思い、納得する。
そう。コワレタボクには、もう彼を拒む理由などなかったのだから。
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