(ん……?)
身体の中に、小さな明かりのような、そんな熱を感じて、ボクは薄目を開く。
暖かな感触にころんと寝返りを打とうとして……お腹の奥に痛みのような、疼きのような感覚を得て。
「あれ、ここ、は……?」
ゆっくり起きあがったボクは、まだ若干ぼんやりした頭で、辺りを見回した。
ここはいつもの寮じゃない。パルムの自宅で。
部屋は普段は嗅ぎ慣れない、でも嫌いじゃない、そんな色々な匂いが混ざりあった、濃密な空気が満ちていて。
そして隣に眠る、彼――ウィルの姿。ボクは、彼の腕を枕にシーツ一枚にくるまった裸同然の姿で隣に寝ていた、ようだ。
(あれ……ぼ、く……)
その光景と、匂いに誘われるように昨晩の行為を鮮明に思い出し、かぁっ、と顔に血が登る。
成就するはずのなかったその想いは、偶然の元に重なり。そして――お互いの想いを確認し合い、お互いを求め合い、お互いを貪り合ったその記憶が、はっきりと思い出せた。
(ん……)
まだ残り火の熱を残す、自分の下腹部に触れて、そっと素肌を撫でる。
ぞくり、と背中が泡立ち、お腹の奥がきゅうっと熱くなる感覚。
昨晩あれだけ達したというのに、マダタリナイと訴える躰を、ボクは振り切るように首を振る。
受けたショックと大怪我で、ボクの無意識は"あの時"の記憶を全て消し去ろうとした。
両親のことや、ルシーダのこと……消し去って、起こった現実全てから逃げようとした。
でも…それじゃダメなんだ。痛みも過去も……消すことなんて出来ない。
それと向き合うことでしか……ヒトは前には進めない。
もう二度と、ボクは失いたくない。
もう二度と……ルシーダに失わせない。
もう一度、ボクらが共に、前へと進む為に。
ウィルとの事、そして、みんなとの事。
もう、嘘はつかない。
もう、無理に仕舞込んだりしない。
もう、現実から逃げたり、しない。
全部の事に向き合って、ぶつかって、道を拓いて往く。
そう。ボクがここに居ていいか、じゃないんだ。
――ウィルの、そしてルシーダの傍らに、自らの意思で居ようと、そう決めるのだ。
(ボクが一歩、前に進む為に……今だけでいい。力を、貸して)
今だけは、時間がゆっくり流れるようにと願いながら、ボクは彼の首筋に一つ、印を付ける。
それは、親愛と決意のキス。
「もう前と同じ様には振る舞えないけど……許して。今まで、ありがと……ウィルお兄ちゃん」
そっと、身を剥がすようにベッドを抜け出てお風呂へと向かい、今までの陰鬱な空気が嘘のようなクリアな思考の中、ボクは目を閉じて頭からシャワーを浴びる。
(なんだろ……これが開き直り、って奴なのかな)
汗と迷いを洗い落とし、何処かスッキリしたような気持ちで部屋に戻ると。
「ぉお、早いなエミ……」
まだ寝てると思っていたウィル兄が、起き抜けの顔で部屋を出てきたところと鉢合わせしてしまった……起こさないように家を出ようと思ってたのに。
「ひぇ、ウィル……お兄ちゃん」
あ。
「ん、懐かしいなその呼び方……おはよう、エミーナ」
昔の呼び方をついしてしまい、顔を真っ赤にして俯くボクを知ってか知らずかそう言って、まだ纏めてもいない若干湿り気を帯びたままの長い髪の頭を撫でられる。
(ふぁ……)
あれだけ嫌だったはずのこの行為が、今は何故かたまらなく心地良い。
(もっ、と……)
猫のように目を細めて撫でられるままのボクの頭から手を離し、ウィルはボクの目を見る。
優しげな光を宿した、穏やかなアイスグリーンの瞳。ボクの、好きな色。
「お前の過去を隠してた奴から、こんな事言えた義理じゃないが、その……なんだ」
「……うん、心配しないで。
ルシーダは絶対、連れて帰る。そして……ウィルに紹介するよ、ボクの妹を」
「…………、あぁ。バックアップは手筈をつけておく」
何か言いかけ、……結局言葉にならずため息を吐いて、彼はそう言った。
心配してくれてるのは、痛い程分かった。
ボクがこれからやろうとしてる事はかなり危険な賭けだし、ウィルの――ガーディアンズパルム支部長のバックアップを取り付けたとは言え、非公式なものだ。
ガーディアンズ隊員としても、恐らくこれは越権行為。全て事が順調に済んだとしても、良くて懲戒免職、下手打てば裁判――。そもそも、命を落とす可能性だってある。
だからボクは、どんな目にあっても絶対に此処に帰って来れるよう、彼に願う。
「ね……戻ったらまた、この続き……してくれる、かな?」
「馬ぁ鹿、お前は俺の、妹だろ?」
ぎゅっと、ボクの身体を抱きしめながら言う彼の苦笑混じりの答えに、ボクは嬉しくなると同時に、申し訳なくなる。
(色々、押しつけちゃってゴメン……ウィル)
答えられないのは、分かってる。ボクらはお互いを想い合う大切な異性である前に、義理の兄妹だから。
でも、以前と答えが同じなのにこんな風に思えるようになったのは、心の奥底で繋がっているという絶対の自信をボクに与えてくれた、彼のお陰。
一見矛盾してるけど、ボクにとっては大切な確認だった。
だから、答える代わりにウィルの唇にキスする。全部分かってるし、分かった上で乗り越えていくよって。
びっくりしたような表情の彼を見て、
「ヘヘッ、契約成立っ。ボクだって、いつまでも子供じゃないんだから!!」
どっちの意味も含ませてそう言い、ボクは微笑んだ。
|