Cross Point
6th Night...[スタート・ライン]



 



翌朝。
結局眠れなくて朝早くからルシーダの部屋を訪ねていたボクは、扉をノックする音につい反応して返事をしてしまった。

「あ、はい」

答えてしまってから、ハッとする。
今いるのはボクの部屋じゃないんだったっけ……。

「やっぱり、こっちの部屋だったか」
「ベルナドット隊長と、ウィル……兄?! おはよう
、今日は仕事じゃ?」
「サフランとアムがどうしても抜けられないらしくてな、代わりに来た次第さ。PBはついでだ」
「おいおい、ついでとはなんだよww足提供してやったってのに……」
「そっか……」

そう言って、肩をすくめながら部屋に入って来るウィルと、ウィルの物言いに苦笑する隊長。
ウィルのその仕草が、照れ隠しだって分かっている今では……何となく、くすぐったいような、そんな気分だ。

「肩の方はどうだ?」

吊ったままのボクの右腕をちらりと見て、ウィルが聞いてくる。

「うん、痛みは引いてきたよ。まだ……動かせないけど」
「そうか……。分かってるとは思うが…まだ無理はするなよ?」
「う、うん……」

あっちゃ、めっちゃバレてる。
こっそり持ち込んでもらったウェイトパッドを持ってニヤリと笑う彼に、ボクは後から入ってきたノラに視線を合わせて苦笑い。
その脇で、隊長がコホン、と咳払いする。

「ま、それはいいとしてだ。
 俺がここに来た理由は、今後の皆の予定を伝えておこうと思ってな」
「予定にゃ?」
「あぁ。一応、これはガーディアンズ本部からの正式な指令ってことになる。
 まず、機動警備部3課5班班長――ノラネコは、このまま当病院の警戒任務を続行」
「ふにゃ」
「続いて、機動警備部3課4班班長――エミーナは……厳重注意の上無期限で謹慎。減棒6か月を言い渡す、以上だ」
「……処分、それだけです?」
「ん、不服があるのか? 」
「いや、全然……」
「ま、謹慎ってのは建前で……
その腕を直すのが先決だな。
 4班班長不在の間はクレールを4班班長代理として推薦しといた。まぁあいつならお前さんの事もよく知ってるし、問題なかろう?」
「り、了解しました……」

隊長が来た時点で、クビを言い渡されるものだと思ってた。寧ろ裁判を受ける事になるだろうとも覚悟してた。なのに……。
納得しきれないボクの表情を読み取ったか、隊長が苦笑いをその顔に浮かべた。

「お前さんは"イルミナス"の尻尾を掴んだお手柄があるからな、それで帳消しって事にしてある。…… ま、あまりそこは深く突っ込むな、俺が火傷する」
「ったく、重要参考人がひと固まりになってちゃ護衛の意味が無ぇっての……って。
  やぁ、お二人さん。俺の方の指令も今までと変わってないって事でいいのかね?」

そこに入ってきたのは全身黒ずくめのスマートな男性型キャスト、キソビn…もといキソヴィ。

「よぅキソヴィ。
  特殊任務班隊長にこんな任務押し付けてすまんな……俺が出れりゃよかったんだが」
「そうは言うがそっちは今回の事件の収拾に大わらわだろ?今は差し迫った仕事もないし、そもそも俺が好きでやってるんだから気にスンナ。で?」

隊長に話を促したキソヴィに、ウィルが一つ頷く。

「その通りだよ。君にも警戒任務続行の指令が来てる。まぁ……この子が意識を取り戻すまでは、当面継続だろうな」
「……」

一斉に視線がルシーダへと集まる。

「それと。
 今日統合調査部のケイ女史がエミの見舞いに来るらしいから、それまでに一応体制を整えとくよーに……との仰せだ」
「「「了解」」」
「さて、俺らは職場に戻るわ。何かあったら連絡よろしくな」
「ん。ありがとね、ウィル兄、隊長」
「あ、 ノラが入り口まで送るにゃ〜」
「ん、大丈夫だよ?」
「いちおー、規則ですからにゃw」

ノラに引率されて行くウィルと隊長の後姿を見送りながら、ちょっと思いに耽る。
ケイさん、か。
統合調査部の長を務め、統合調査部きっての切れ者と言われる才媛。
調査部出向になった時に会ったっきりだな……。
ウィルを追って皆が部屋を出た後。
ゆっくりとベッドから立ち上がり、そろそろと廊下を歩くボクに、入れ替わるように入ってきたヒューマンの男性――髷を結った頭に飄々とした表情が特徴的だ――が、するっと寄ってきた。

「よ、エミさん。頼まれてた件だが……面白いことが分かったぜ?」
「あ、こーきん……待ってたよ」

何もボクだって無作為にここ数週間を過ごしてた訳じゃない。
動けないにしろ、ボクなりにこうやって知り合いに頼んで情報収集はしていたのだ。
廊下で立ち話も難なので病室に案内しようと思ったのだが、時間があまり無いと院内のちょっとした休憩スペースで缶コーヒーを啜る羽目になった。

「さぁて、まず一つ目だ。
 依頼したのは、どうやらウィルの旦那らしいんだが。 情報の秘匿を直接指示をしたのは……あの統合調査部の"鴉の淑女"、ケイ女史らしいな」
「……やっぱり」

身内に敵がいた、ってのは……あながち間違ってなかったって事か。
でも――今なら分かるし……感謝もしてる。
ウィルや、お養父さんが、何故ボクに教えなかったのか、何故隠していたのかが。

「それともう一つ。
 ルシーダ嬢の事だが……意識回復後、事情聴取の上裁判……って事になりそうだな。
 まぁ、回復すれば、って話だが……一応実行犯唯一の生き残りだし」
「唯一……?確か、アジトがあるって話だったでしょ?そっちの線は?」
「あぁ、その件なんだけど。
  エミさんも戦ったあの"カバ"――GH490モドキととマガシが、癇癪だかなんだか知らないが……アジトに所属していた連中を、ご丁寧に皆殺しにした上で爆破してったらしい。惚れ惚れするくらいの強硬手段で綺麗さっぱり証拠隠滅ってこったね……やってくれるよ」
「!!」

あいつらの事を、全てを隠滅・破壊する"デリータ"だと、ルシーダは言っていた。
ボクらが深い傷を負ったにしろ、二人とも一命を取り留められたのは、かなり低い確率の上での偶然だったのだろう。

「……ッ」

今更に身体に震えが来て、歯がかみ合わなくなる。竦んでしまって、動けなくなる。

「……ったく、しょうがねぇ奴だな」
「ぁ……?!」

そんなボクをひょいと抱えあげると――これ、ひょっとしてお姫様抱っこって奴?!――スタスタと歩き出すこーきん。

「機動警備部3課4班、泣く子も黙る突撃班長、"ミーティア"がそんなんじゃ、聞いて呆れるぜ?」
「ちょっ、なんだよそれ!?恥ずかしいってば!」
「ん、知らないのか?
 お前さん、あっちこっちでけっこー名が通ってるんだぜ?それと、怪我人はじっとしてろぃw」
「むぅ……」

ボクは……いつも誰かに助けてもらってるのに。
ボク自身から、皆には何も返せなくて。

「なんかボク、いつも皆に助けてもらってばっかりだ……」

思わず呟いた一言に、彼――情報部所属の光鬼――は苦笑したものだった。

「んな事もないだろさ。
 エミさんが非法規的活動したお陰で、"イルミナス"の尻尾が掴めてきたとこだ。それに……」

彼は立ち止まり、今出てきた部屋を見る。

「少なくとも一人、暗い闇の縁から助け出せた奴がいるんだ。
 それは、事実だろ?自信持てよ」
「うん……」

普段とは違う、部屋に注がれる優しい目つきにドキッとする。
光鬼って、こんな顔もするんだな……。

「にゃにゃにゃ?エミ姉とこーきんらぶらぶにゃ〜。
 これはスクープの予感?」

ウィルを見送って戻ってきたノラが、いたずらっぽい口調でからかってくる。
はっ、真面目な話してて忘れてたけど、お姫様抱っこされたまんまだった……?!

「ノラっ?!ちょ、なに言って!?
 部屋の中までなんて聞いてな……こーきん降ろして〜っ!」
「やだw
 駄賃で働いてやったんだ、これくらい役得だっての」
「フシャーッ!おーろーせー!!」
「エミニャが猫みたいにゃ……かわいぃにゃ?」
「お?そーかそーか、ノラもそうならそうと言ってくれりゃ……」
「チョーシに乗るニャっw」

大騒ぎは、看護士さんの注意が入るまで続いてしまったのだった……あぁぁ、恥ずかしい。
……てか、普段こんなノリなのに、本職は情報部の凄腕エージェントだっていう光鬼も、すごいとは思うけど。
でも、まぁ……元気はちょっと出たかもしれない。