―2日前の夕刻、惑星コーラル 某国首都 スラム街 某廃ビル―
「…姐さん。"ナイト・オウル"もそろそろやばいんじゃ…。」
同じギャング団の下っ端が震えた声でリオネスに話し掛けるが、リオネスはそれを無視してダガーをベルトのスリーブに差込み、脇の下のホルスターにハンドガンを収め、席を立った。
「姐さん!」
「静かにしな。だから、ヘッドに会いに行くんだよ。」
静かに、だが力強く言い切ると、リオネスはビルを出た。
ここ数週間のスラム街の状況は悪化する一方だった。
3つの大きなストリートギャング―レッド・ナイツ、アイアン・ブーツ、ナイト・アウル―がそれぞれを牽制して勢力の均衡を保っていたのだが、2ヶ月前にそのうちの一つ"レッド・ナイツ"が突如、勢力の拡大を計り他の組織との抗争を開始。
(どこから流れてきたかは不明だが)新種のドラッグ―アナザドライブ―を資金源として、2週間前には敵対組織の一つ"アイアン・ブーツ"を壊滅させ、もう一つの組織"ナイト・アウル"―リオネスの所属しているギャング団―も全面抗争の構えを取らざるを得ん状況であった。
「…まったく、ヘッドも何を考えているんだい!今頃、やっと幹部会議かいっ!」
ニューマンの特徴ともいえる長い耳に通しているピアスの音と共にリオネスは廃ビルを出ると"ナイト・アウル"の幹部級の溜まり場となっている別の廃ビル―かつて高級ホテルであった廃ビル―に向かっていった。
"ナイト・アウル"の幹部級の溜まり場となっている廃ビルにリオネスが着いた頃には夜の帳がおりつつあった。
ビルの玄関だった所には目付きの悪い凶暴そうな若者達が車座を作り、鋭い視線を外に向かって飛ばしていたが、リオネスが入ってくると比較的穏やかな目付きで迎え入れた。
「ヘッドは?」
中には卑屈そうな笑みまで浮かべている車座の若者達―"ナイト・アウル"の親衛隊員達―はリオネスの凛とした一言に対し、ホテルのエレベータを指した。
「…へい、あの人も何を考えているのか。このままじゃ"レッド・ナイツ"にデカイ面されっぱなっしですぜ。」
親衛隊のうち比較的年嵩の若者―親衛隊副長―が悔しそうにリオネスに答えた。
「…判っている。そのためにあたしは来たんだから。」
副長に答えるとリオネスは携帯している武器を彼等に渡し、いつ止まってもおかしくないおんぼろエレベータに乗り込んでビルの最上階―かつて、このホテルのラウンジがあった階―を目指した。
最上階に着いたリオネスは、ヘッドのいるラウンジに向かった。幸い、夜も更けたばかりのせいか、まだ静かな物だが、ラウンジの入り口には屈強な若者―親衛隊長―が一人、壁に凭れ掛かった状態で立っていた。彼はリオネスに気付くと軽く会釈をするとまた、元の姿勢に戻った。
「…ジャック、ヘッドは?」
「…中だ。」
リオネスの問いに親衛隊長は必要最小限の言葉を返す。リオネスはそのままラウンジに入った。
ラウンジの中は、すでに先客がいた。"ナイト・アウル"の他の幹部達だ。
「…おおっ、リオネス、来たか。」
どこか凶暴な雰囲気を纏った二十代半ばの優男―"ナイト・アウル"のヘッド頭―がリオネスが来たのに気付き、声を掛ける。
リオネスは会釈をするとすでに幹部達が座っている会議用机に設えてある自分の椅子に座った。
しばらくして、最後に来た幹部が部屋に入り、親衛隊長が扉を後ろ手に扉を閉めるのを確認すると、ヘッドが口を開いた。
「さて、諸君。今回、集まって貰ったのは他でもない…。」
その時、扉をノックする音がヘッドの発言を遮るように聞こえてきた。一瞬にして、機嫌が悪そうな面構えになるヘッド。
「ジャック!」
ヘッドが親衛隊長に目で合図すると、親衛隊長は無言のまま扉を開けて外に出た。
そのまま、外で何か声が聞こえたが、ものの数秒もしないうちに・・・・・・・・・親衛隊長だったものが二つになって、扉を大きく開いて室内に転がり込んできた。
「…!」
誰もが言葉を失ったかのような沈黙の中、扉の向こう側から二つの人影が現れた。
一人は昔はやった推理小説から抜け出たかのようなハードボイルドスタイル―くたびれたロングコートに、咥え煙草―で、額に掛かるロングヘアの下から見える瞳はこの場にいる他の誰よりも鋭く、冷たかった。もう一人はやや流線型的な体格でありながら所々を直線的な装甲で覆われたヒューキャストで、こちらは表情こそ見えないが、ソード―多分、フォトンの色からクレイモアだろう―を玩具のように軽々と肩に担いでいた。
「なんじゃ、手前らっ!」
扉のすぐ傍にいた幹部がいきりだってその二人に詰め寄ろうとしたが、ロングコートの男の手をつかもうとした瞬間に何かに弾き飛ばされたかのように吹き飛ばされ、背中から壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。
よく見ると男の手には対人捕獲用スタンナックル―ブレイブ・ナックル―が装備されていた。
「…餓鬼がサカるな。」
ロングコートの男が吐き捨てるように呟くと、幹部達を無視していきなりヘッド頭の方に歩いていき、ある程度―幹部達やヘッドとの距離が全て均一な所―まで近付くと、わざとらしく咳をして喋りだした。
「"ナイト・オウル"の幹部、及びヘッドに告ぐ。私は、"レッド・ナイツ"の使いの者だ。」
「何っい!」
「手前らっ,騒ぐな!」
頭に血が上って二人に詰め寄ろうとした幹部達を一喝すると、ヘッドは二人を睨みつけた。
「使いの者?何の用だ?」
「抗争が始まる前に、そちらが全面投降してくれれば、命は取らない。ただ、それだけだ。」
ロングコートの、その言い様に誰もが絶句して、数秒間の沈黙が続き、ヘッドが搾り出すような声で答えた。
「…ふざけるな!人を嘗めるのも大概にしろ!親衛隊、何をしている、こいつらをたたき出せ!!」
ヘッドの椅子の後ろにあった屏風から待機していた親衛隊が得物を持って飛び出し、二人を包囲する。
「それが、答えか…時流も読めない餓鬼が。」
「…しつけが必要だな、相棒。」
ロングコートの言葉に答えるようにアンドロイドが頷く。
「…ほざけ、手前ら、やっちまえ!」
それが、抗争―否、虐殺―の始まりであった。
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