―同時刻、"レッド・ナイツ"ドラッグ保管庫上空2m―
「…餓鬼が、嘗めた真似をしやがって!」
ファントムは身体とプライドをズタズタにされながらも生きていた。
ガレスとの戦闘の後、瀕死の重体であった彼を救ったのは皮肉にも彼がドラッグ保管庫を制圧する為に手配していたアンドロイド軍団であった。彼等は(健気にも)現場指揮官である瀕死のファントムを見つけると、プログラムに従い、ファントムとラモラクの回収の為に上空で待機していた攻撃ヘリに通信を取ってファントムを収容させた。攻撃ヘリに搭載されていたムーンアトマイザーは重体を負ったファントムの身体の傷を復活させるには十分に効力を果たしたが、精神の傷を癒す能力は無かった。
―あの餓鬼、殺してやる!―
復讐鬼を乗せた攻撃ヘリは、ビルの屋上を離れると、そのまま、獲物を求めて空に舞い戻った。
―数秒後、"レッド・ナイツ"本拠地 首領室―
硬直状態はものの数秒もしないうちに破られた。
―ドンッドンッ―
ケイの射撃を合図に、ラモラクが後方に跳んだ。そのまま、斬撃を繰り出す事無く、別の遮蔽物―部屋に備え付けの本棚―に隠れる。
「ウィル、あの二人を!二人とも、こっちよ!」
「了解!」
「…師匠、恩にきます!…リオネス、下がるぞ。」
「え!?ええ…。」
ヴァリスタを持ち、低い姿勢で駆け出すウィル。
「そう来るか!…なら!」
ウィルとケイのコンビネーションの意図に気付いたラモラクが遮蔽物から駆け出し、ウィルではなく、机の前から後退しようとする二人に向かって斬撃を放つべく跳躍した。
―ターンッ―
「何ッ!?」
ウィルのヴァリスタが火を噴くが、ラモラクは大剣で飛来したフォトンを叩き落とした。
ラモラクはフォトンを叩き落とした返す刀でウィルに切りつける。が、ウィルは華麗なサイドステップで斬撃をかわすと、ヴァリスタからヤマトに持ち換える。そして上体が死に体になったラモラクに向かって下段からの切り上げを放つ。
「はっ!」
―ガキンッ―
辛うじて左手に取り付けていた"フロウウェンの盾"で切り上げを防いだラモラクは、次に放たれるであろう上段からの振り下ろしに対して、右手一本で大剣を横に薙いだ。
が、手応えは無く、代わりに膝関節を狙ったローキックを喰らい、バランスを崩す。ウィルはしゃがんで斬撃をかわしつつブレイクダンスの要領でローキックを放ったのである。素早く立ち上がると、今度こそ上段からの斬撃を放つウィル。
「喰らえっ!」
―ギンッ―
「馬鹿な!?」
ウィルが必殺のタイミングで放った斬撃を、ラモラクは左手の指から展開した単分子ネイル―僅か、2.5cmの刃渡りしかないブレード―で受け止めた。
無論、単分子ネイルと指を繋ぎ止めている接合部がへし折れるが致命傷には程遠いダメージである。
「…甘いな。かつて"紅の騎士"と呼ばれた、私を殺るには!」
片膝を付き、崩れた姿勢のまま放った斬撃をウィルは紙一重で避ける。斬撃が掠めた前髪の幾本かが宙を舞う。
―"紅の騎士"?まさか?―
数年前に護衛対象ごと爆殺された、WORKSの天才剣士の名を聞いたウィルは、思わず距離を取り直した
。それに連動するかのように立続けにフォトン弾がラモラクに叩き込まれる。
「…フンッ!」
直撃すれば、重装甲のアンドロイドですら戦闘能力を確実に奪い取れるジャスティ-23STのフォトン弾をラモラクは絶妙な剣技で叩き落として行く。
「…くっ!」
ケイは舌打ちをした。もし、目の前のアンドロイドが本当に彼―かつてWORKSでコンビを組んでいた紅の騎士―なら、目の前の曲芸じみた剣技を片手の状態でも問題なくこなせるだろう。
問題は、本当に本人かどうかである。
「…ほう、懐かしい弾筋だと思えば―"鴉の淑女"―卿も来ていたとは…。」
放たれた弾筋だけで、軍時代―正確には、WORKSに所属していた頃―の自分のコールサインを言い当てられるのは、やはり"紅の騎士"―ラモラク=ガーランド―その人しかいない。
彼の実力が現役時代から衰えていないと考えると、あと一人か二人―最低でもガレス以上の、出来れば"雪兎"アヤ・スノートや"裁きの鉄槌"ライデン、あるいは今チームを組んでいる"教授"ウィル・ハーツヴェルと言った―トップクラスのハンターズがいないと勝機は見えない。
―かといって、こっちも引く訳にはいかないのよね。―
ケイは覚悟を決め、ジャスティ-23STをバックパックに収める。グローブ代わりに両手に嵌めているアングルフィストの感触を確かめると、ブレイバスを抜いて駆け出した。
「…ほう、私相手に格闘戦を仕掛けるとは…正気か!?」
「…ええ、いたって正気よ!」
走りながらもブレイバスを的確に撃ち込むケイと、その動きを読んでフロウウェンの大剣でフォトン弾を弾き落し、自分の間合いに入ったケイに大剣の斬撃を叩き込もうとするラモラク。
―ブンッ―
「くっ!」
ケイの方に気を取られたばかりに、ウィルに背後を取られた事に気付いた時にはウィルの刺突が左腕を貫く。
"警告!左腕上腕部に凍結ダメージ、一部機能をパージします。"
視覚の一部にアラートが表示され、表示の一部に後方から二撃目を放とうとするウィルの姿が小さく表示される。
―間に合うか!?―
「フンッ!」
「何っ!?」
先程まで、フォトンを弾き落としていたフロウウェンの大剣を、後ろから接近するウィルに向かって振り抜く。ウィルは辛うじて踏み止まり、斬撃を回避するが、タイミングを逸してしまう。
「貰った!」
―ドンドンッ―
僅かな隙を突いてケイが放ったフォトン弾をフロウウェンの盾で受け止めるが、一部の機能が停止した左腕では幾つかが捌き切れずに左肩の装甲の一部を吹き飛ばす。が、距離を詰めすぎたケイにフロウウェンの盾が鈍器として振り下ろされ、ケイを吹き飛ばす。
しかし、身軽に受身を取り、側転から器用に立ち上がるケイ。それに連動してカバーに入るウィル。
「腕を上げたな、ケイ!」
「こっちは軍を辞めても現役やってんのよ!」
「…ケイさん?」
「…目の前の男は本物の"紅の騎士"―正確には、その脳を移植されたアンドロイド―よ。…手心を加えたら殺されるわよ。」
会話が成立している事を不思議に思ったウィルの問いに、ケイが唇の端から垂れている血―先程の衝撃で口の中を切っていた―を拭いながら断言する。
「"紅の騎士"!?…本物ですか!?」
その武勇伝を知っているウィルの眉が僅かに跳ね上がる。
「そう、かつて宇宙軍空間機動歩兵第32分隊―通称WORKS―突入班班長、後の警護班班長にして、オークニー財閥前会長夫人最後の愛人…。」
その時、後ろに下がっていたガレスが座ったまま、静かに語りだした。
「…そして、今ではストリート・ギャングの走狗、て訳か?」
「いえ、彼のバックはブラック・ペーパーです。」
「…ガレス!」
ウィルの発言をガレスは訂正すると、立ち上がろうとするがバランスを崩し転びそうになるが、リオネスが助け起こす。
「ブラック・ペーパーの連中は、本来、墓場で恋人と共に眠っている筈の騎士を狂戦士として甦らせたのです…。」
「…ああ、そうだ。ブラック・ペーパーは本来朽ち果てるだけの私に再度機会と義体を提供してくれたのだよ…。オークニーの一門を滅ぼす為にな!」
ガレスの言葉に反応するようにラモラクが咆哮し、距離を詰めるべく跳躍した。
―ガキンッ―
ラモラクが全体重を掛けて放った斬撃だったが、割って入ったウィルのヤマトが交差した形で受け止めた。無論、受け止めたウィルも僅かに体勢を崩しかけたが、そのままの姿勢でラモラクと鍔迫り合いの形になる。
「…クッ!」
「怪我人相手に本気かい、"紅の騎士"!?あんたの相手は俺がする!ガレス、下がれ!」
「俺達でしょう、ウィル!?…ラモラク、貴方に話したい事が私はあるんだけど宜しくて?」
ウィルの発言を訂正しながら音も無くラモラクの側頭部にブレイバスを押付けながらケイは妖艶に微笑んだ。
ラモラクはウィルの後ろでガレスを支えているニューマンの女―リオネス―も、ヴァリスタを片手で自分に狙いを定めているのを確認すると、溜息を吐きフロウウェンの大剣を持ち上げてそのまま切っ先を床に突き刺した。ウィルがヤマトを降ろし、リオネスと変わってガレスに肩を貸す。
リオネスはヴァリスタを両手で握り直すとラモラクの顔面に狙いを定めたが、人差し指はトリガーを引き絞らなかった―否、引き絞れなかった―。
「…現役時代と同じ位、貴方の物分りが良くて助かったわ。代わりにイイ事を教えて上げる。」
「…何だ?」
不機嫌そうに唸るラモラクにケイが囁くように語り出した。
「貴方が殺された本当の真相…。」
―その時、爆音と共に部屋の側面が吹き飛ばされた。―
「…No.10、最悪だ!!」
ファントムは攻撃ヘリの中で舌打ちするとセンサーが捕らえた熱源を凝視した。見る見るうちにさっきまでの激情が冷める。
ヘリに乗り込み、自分の情報端末を確認すると、1件"L"からの着信が確認された。内容は状況確認の物であったが、ファントムは確信した。
―あの餓鬼だ!どこまでこっちの状況を混乱させやがる!―
全力で攻撃ヘリを駆り、"レッド・ナイツ"本拠地であるビルに到着したが、"L"を呼び出すが応答が無く、センサーを確認すると"L"の物と思われるセンサーの反応の周りに別の反応―恐らく、人間の物―と思われる物が複数確認された。
―作戦活動時、ブラック・ペーパーの工作員は虜囚になる事は禁じられている。―
組織の鉄の規則を思い出して"L"を切り捨てる事を決めると、ファントムは"L"の反応と思われる物を中心に照準を定めた。
「"L"恨むなよ!」
ファントムはトリガーを引き絞った。攻撃ヘリの翼下パイロンにぶら下げられていたロケット・ランチャーから次々とロケット弾が放たれ、"レッド・ナイツ"首領室の側壁を完全に吹き飛ばす。
「…やったか!?」
ファントムは攻撃ヘリのセンサー群の中から、ビルの中を覗き込んだ。
|