リオネスは自分の上に圧し掛かっている重量のあまりの重さに目を覚ました。
(あれ…?確か…。)
壁が爆発した時に誰かに思いっきり突き飛ばされた事は覚えている。
(…その後…?)
取り合えず、視力が戻ってきたので部屋の中を見渡してリオネスは絶句した。
ビルの壁面と天井が大きく抉れ、部屋の中には無数の残骸が転がっていた。先程までいた人物は誰もおらず、人の物かアンドロイドの物かも判らない程に炭化した腕が目の前に転がっている。
そして、自分の上に乗っている物―朽ちかけたアンドロイドと、血塗れのガレス―の姿を見たリオネスは声にならない悲鳴をあげた。
「…リオネス!」
ガレスは血塗れとは思えない速度で立ち上がると、リオネスを抱え込み遮蔽物として使えそうな瓦礫の裏に廻り込んだ。数秒遅れで攻撃ヘリの機首部に搭載されたガトリング砲から吐き出されたフォトン弾が床だった所を穴だらけにしてガレスを追いかけ、瓦礫の一部を吹き飛ばす。
「ちょ、ちょっと!?」
「黙ってろ!舌噛むぞ!」
そのまま、転がり込むように瓦礫の隙間から下の階に飛び降りると、ガレスは蹲り、しばらく無言のまま硬直した。
「…ガレス!?」
「…足にきた。」
思わず、腕の中からずり落ちたリオネスだったが、ガレスを掴むと引張って行こうとする。その時、目の前にブレイバスの銃口がぬっと出てくる。
「何だ…貴方達なの?」
多少薄汚れているが、ほぼ無傷のケイがブレイバスを片付けながら、腰を抜かしたリオネスに手を貸す。
「…あ、あんたは?」
「ケイ。そこで足を痛めている馬鹿の師匠よ。」
リオネスの問いに即答しながら、片手でリオネスを立ち上がらせると、そのままガレスの後頭部を張り倒した。
「いっ、痛い!」
「痛みを感じるなら動けるでしょ!?とっとと立ちなさい!」
「イ、イエッ・サー!」
思わず直立不動で敬礼するガレスに、うんうんと頷くケイ。
「貴方達は下の階にいるウィルの指示に従いなさい。」
「…ケイ師匠は?」
「…あのヘリを仕留めるに決まっているじゃない!」
弟子の問いに、不適な笑みと共に親指を立てて、ケイは答えた。
「…判りました。…リオネス行くぞ。」
「え?…ええ。」
―ケイ師匠が、こういう事を断言する時は必ず勝算がある。―
今までの付き合いから師の考えを理解したガレスはそのままリオネスの手を引くと、半壊しかけた階段を使って下の階へ向かって駆出した。
「…行ったか。…ま、こっちも戦友を見捨てとく訳には行かないからね。」
二人が下の階へ降りたのを確認すると、ケイはバックパックからモータ付ウィンチを取り出した。そのまま、アンカーを、先程ガレス達が飛降りた穴から上方に向かって射出する。
―ボスッ―
上の階の構造物に引っ掛ったのを確認し、2、3度、全力で引いて安全性を確認すると、ケイはウインチのスイッチを入れた。
階段を降りた二人の目の前には、ウィルが両手にH&S25ジャスティス―先程まで、ケイが腰に携帯していた物―のフォトンチェンバーにフォトンをチャージしていたが、二人の姿を見つけると、ジャスティスを片付けて二人の方に足早に歩み寄ってきた。
「ウィル師匠?」
「下に降りるからついて来い。話は移動しながら話す。」
そのまま、二人を追い抜き下の階に向かって駆け出す。思わずウィルの後に着いていく二人だったが、ある事に気付き、ガレスはウィルに質問した。
「ケイ師匠は置いていくんですか?」
「ケイさんが立案した作戦だ。第一、あの人が勝算のない作戦を立てる訳ないだろう?」
「違いない。」
苦笑混じりに返事をするガレス。
「それより、ガレス。ジャスティスはまだ持って歩いているか?」
「確か、腰に…って何で知っているんですか?」
「一昨日、"レ・サン・デ・ポエ"の現場検証を行った、と言えば判るだろう?」
壊れかけた階段を駆け下りながら肩を竦めるという器用な行為で降参の意を示すガレスに、ウィルは笑い掛けながらさらりととんでもない事を告げた。
「お前さんには対空攻撃手段としてテクニックがあるが、彼女には無いだろう?貸してやれ。」
「…それにしても…。」
ガレスから渡された、H&S25ジャスティスのフォトンチェンバーへフォトンを充填させながらリオネスは疑問を口にした。
「ん、何?」
先程、ウィルから渡されたデイフルイドのパックを片手にデイメイトの錠剤を一気に飲み込んでいるガレスが受け答える。
「…あんたの人使いの荒い行動見ていて思ったんだけど、やっぱり師匠譲りだなって。」
「否定は出来んな…。そろそろ始めるぞ。」
ガレスは苦笑気味に返答すると、中身の無くなったデイフルイドのパックとデイメイトのピルケースを捨てると、無線ユニットのスイッチを入れ、軽く数度指で弾いた。
それを合図に、(左肩上方にニドラを躍らせながら)リオネスは両手にジャスティスを握って、大通りに飛び出した。
―同時刻 "レッド・ナイツ"本拠地対面の廃ビル―
「…時間だ。」
地下下水道跡を用いて向かいのビルに移動を終えていたウィルは通信ユニットに入ってきたノック音で作戦開始を確認すると、H&S25ジャスティスを両手に持って大通りに飛び出した。
―同時刻 "レッド・ナイツ"本拠地ビル 首領室跡―
「時間ね。…こんな事になるのなら、ウォルスを持って繰ればよかったわ。」
通信ユニットのノック音を確認すると、ケイは寝撃ちの姿勢でジャスティ25STに取り付けたストックを肩に押付けると、増設した望遠スコープの倍率を上げた。
―数秒後 "レッド・ナイツ"本拠地ビル前 大通り―
前方の廃ビルの中に、センサーを集中していたファントムは、警告ランプが赤く点灯する事に気が付き、慌ててセンサーを全周囲に切り替えた。下部方向からSMGクラスの火線がヘリを捕らえているが、所詮、SMGクラスの火器ではヘリに致命的なダメージを与える事は理論上、出来ない。
「フッ、歩兵風情でヘリに勝てると思っているのか?」
ファントムはヘリの下部センサーが捕らえた人影に気付くとガトリング砲のターレットを大通りの方に向け掃射を開始した。派手な音と共にガトリング砲からフォトンが吐き出され、大通り上の残骸や廃ビルのパーツを粉砕していく。
「クソッ!やっぱり、SMGじゃあ歯が立たないか!?」
ウィルは遮蔽物代わりに使っている廃ビルの残骸に飛び込みながら毒づいた。ある程度予想がついていた事だが、ガトリング砲から吐き出されるフォトン弾は廃ビルの残骸を確実に削り取っていた。
『何してるのよ、ガレスの××野郎!××が××…。』
反対側の廃ビルから攻撃を加えていたリオネスの罵声が通信機に飛び込んでくるがそれを上回る轟音が攻撃ヘリから地上にバラ撒かれた。
「おお、剣呑、剣呑!」
別の廃ビルに隠れこんだウィルに遅れて、先程まで遮蔽物代わりに使用していた廃ビルが文字通り残骸に変わる。
「流石に、洒落にならなくなって来たなあ!」
―その時、地上から一閃の紫電が走った。―
その時、攻撃ヘリを激しい振動が襲った。
「クッ!?」
慌てて振動が来た方向にガンカメラを向けると、そこには"あのクソ餓鬼"が立続けに、ギゾンテを連射している姿が見えた。幸い、この攻撃ヘリには対テクニック用呪符が装甲に刻み込まれており、この程度のテクニックではダメージにはならない。しかし、連続で喰らい続けると内部へのダメージが蓄積されかねない。
「あの餓鬼!いい加減、死んでろってんだ!」
ファントムは思わず毒づき、機体の翼下パイロンに取り付けられていたロケット弾を叩き込むべく機体を旋回させた。
立続けに発射されたロケット弾がアスファルトを抉り、廃ビルを文字通り残骸に作り変えていく。
「ガレス!」
『俺は無事です!二人とも、ヘリのケツに集中攻撃を!囮は俺がします!』
ウィルの呼掛けにそう答えると、ガレスは廃ビルの陰から次々とテクニックを放ち、ウィルとリオネスが夫々隠れている廃ビルの残骸のちょうど真中に攻撃ヘリの後部が入るように誘導した。
「リオネス君!俺が打ち込んでいる所に、同じように撃ち込んでくれ!」
『は、はい!』
ガレスの言っている意味が判ったウィルは遮蔽物から飛び出すと、攻撃ヘリの只一点に、ジャスティスをフルオートで連射した。
その時、機体のティルト・ローター部分に"被弾多数"の警告ランプが点滅した。
―ヘリコプターはその構造上、ティルト・ローターを破壊されると(慣性モーメントを打ち消せなくなり)墜落する。幾ら小火器とはいえ、集中砲火を浴び続けるのは致命傷になりかねない。―
「クソッ!」
敵の狙いを把握したファントムは背中に冷たい汗を感じ、機体後部を上に揚げ、射程外に逃れようとする。
―バンッ―
ファントムは激痛が自分の胸部から発するのに気付いた。思わず、自分の胸に手を当てると、ドス黒い血液が掌を染めた。
「え…。」
それが、ファントムがこの世で見た最期の映像になった。
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