10thNight
| |




―数秒後、"レッド・ナイツ"本拠地ビル前 大通り―

操り手を亡くした攻撃ヘリは、ゆっくりとその巨体を右に左に揺らしながら"レッド・ナイツ"本拠地ビルに向かっていった。
やがて、そのメイン・ローターからビルに突っ込んで行き、ビルの残骸と自らのパーツをばら撒きながら、断末魔の悲鳴のような爆音と共にビルと運命を共にするかの様にビルに突き刺さった。

 「…ヒューッ!」

遮蔽物代わりに使っていた廃ビルの陰から顔を出したガレスは、思わず口笛を吹いた。

『感心している場合か!?増援が来る前に逃げるぞ!?』

通信ユニットに飛び込んできたウィルの声で瞬時に何時もの冷静さを取り戻したガレスは、その時、反対側の通りの廃ビル入り口の影にいる筈のリオネスの姿が見えなくなっているのに気付いた。

「まさか…。ウィル師匠、先に脱出口を確保して下さい!困った子猫をひっ捕まえてきます!」
『あ、おい…!』

通信ユニットのスイッチを切ると、ガレスは崩壊が始まったビルへ駆け出していった。


「まず、一人…。後は、アイツだけか!」

リオネスは、ビルに突き刺さった攻撃ヘリのコクピットが完全に変形し、中が原型を留めていない肉隗―脇に転がっていた、へしゃげたコンバットが、彼が敵の片割れであった事をリオネスに教えた―を確認すると、上の階を目指した。が、崩壊した階段が彼女の行く手を遮った。

「…ここまで来て!?」

その時、ケイがビルの上の階に登る際に使用したワイヤーが、リオネスの目に止まった。

「!」

そのまま、ジャスティスを床に置き、勢いをつけるとリオネスはワイヤーに手を掛けようとした。


―数分後、"レッド・ナイツ"本拠地ビル 首領室前―

「ふうっ。」

リオネスは掌に傷を作りながらも、穴から上の階に登り切った。

「あら、どうしたの?」

ケイは何も無かった様に、バックパックに装備を纏め直しながら、リオネスの方に振り向いた。

「あ、アイツは?」

リオネスの問いに、ケイは無言でビルの廃材の影を指さした。その指先の方にリオネスは視線を移す。

「!」

 そこには、探していた"紅の騎士"だった残骸があった。左腕は既に損失されており、右足も膝より下が変な方向を向いていた。そして、何より、右半身が2m四方のコンクリートの下敷になっていた。

「サイボーグの絶対死は脳殻の完全破壊か、脳殻への電力の供給の停止。このまま、放って置いても、体内の電源供給能力から考えて、後20分、て所かしら?」

冷徹とも取れるケイの声が廃墟の中に響く。その時、ラモラクの首が二人の方を向く。

『く…ケイ、そこに居るのはお前だけか?』
「…意識はあるようね、ラモラク。あの、お嬢ちゃんも居るようだけど?」
『そうか…。私はもう駄目のようだ…。最期の治療を頼みたいのだが…。』
「最期の治療?」
「軍隊における最期の治療、てのはね…。」

ケイは躊躇いも無く、ブレイバスをサイド・ホルスターから無造作に引き抜く。

「戦友や軍医、衛生兵が楽にしてあげる事なのよ。」

引き抜いた、ブレイバスをリオネスの手に握らせる。

「!?」

「ラモラク、悪いんだけど私は腕を怪我しているから、お嬢ちゃんでいい?」
『…そうか…。なら、小娘、いや、お嬢ちゃん、頼む、私を楽にしてくれ。』

一瞬、ケイの顔を見入るリオネス。だが、ケイは無言のまま首を振った。
そのままラモラクの残骸の頭部に近付くリオネス。震える手でラモラクの残骸の頭部にブレイバスの銃口を押付ける。

『…そうだ、それでいい。お嬢ちゃん。一つだけ約束してくれ。』
「…な、何よ!?」

自分でも、声が震えているのがリオネスには判る。

『私の様に復讐に囚われるな…。』
「!!」
『…結局、私はその復讐心をブラック・ペーパーに利用されて、君の様な私と同じ者を生み出しただけで終わってしまった様だ…。』
「…。」
『…さあ、私を解放してくれ…。』

リオネスはトリガーに掛けていた指を引き絞ろうとしたが、力が入らない。その時、リオネスの手にそっとケイの手が添えられた。そのまま、ケイはリオネスの指越しにトリガーを引き絞った。


―数十秒後、"レッド・ナイツ"本拠地ビル―

 「この上か…。」

 ガレスは破砕した穴―ケイがこの階に上がってくるのに使った穴―の下に辿り着き、上を見上げた。

「ケイ師匠?」

 ケイは左肩をリオネスに貸したまま、右腕一本でワイヤーを降りてきた。

「何だ、ガレス、貴方なの?」
「何だ、は無いでしょう?」

ガレスの発言を無視するかの様に、ケイはリオネスをガレスに引き渡した。

「?」

今までの激務からか、あるいは成すべき事を済ませたせいか、リオネスは疲れきった顔のまま、寝息を立てていた。

「こんな状態で眠れるとは、貴方以上にいい度胸していると思うけど、疲れきったお姫様のエスコートをするのは、騎士の嗜みでしょ?」

そういうと、ケイはワイヤーに手を掛けると再度、穴を登りだした。

「師匠?」
 「その娘、担いで降りたんで、バックパックがまだ上なのよ。取ってからすぐに行くから、先にウィルと合流しておいて。」
「けど…。」
「"紅の騎士"は死んだわ…。」
「!」
「"後始末"をしないといけないからね。」
「…了解しました。」

ガレスはリオネスを担ぐと、後ろを振り返る事無く階段を駆け下りた。

 「さて、帰るか。」

ケイは、何事も無かったようにバックパックを背負った。眼下には、先程、撃墜した攻撃ヘリがビルに突き刺さっており、このビル自身が崩壊するのは時間の問題である事を教えてくれた。

『攻撃ヘリのキャノピーの同一点に速射で2発命中。…相変わらず、いい腕をしているな。』
「…誉めても何もでないわよ。…けど、いいの?」

バックパックの中に"移管"された元同僚が接続された情報端末越しに話し掛けてきたが、ケイはさらりと返した。
『ブラック・ペーパーには、"虜囚になる位なら死を"選ばされる鉄の規約がある。…ケイ、私は知りたいのだよ。"彼女が何故、息子達に殺されたのか?"が。』
「…そう。じゃあ…。」
『彼女、いや君が頭部をあそこまで破壊してくれたので、このビルの倒壊後には、私の全壊を疑う事はほぼ出来ないだろう。脳殻も、この後自閉症モードに切り替えれば、12時間は持つ。』

ラモラクの解答に満足したかのようにケイは微笑を浮かべると、情報端末に接続されたケーブルを抜いて片付けようとしたが、ある事を思い出し、ラモラクに問い掛けた。

「…そういえば、"紅の騎士"にしては随分と甘かったわね?…復讐を求める輩に花を持たせるなんて?昔の貴方なら問答無用で切り捨てたのに?」
『復讐に囚われるのは私だけでいい…。それよりも、ケイ頼みたい事がある。』
「…ええ、判っているわ。"大佐"でも"伯父様"でも好きな方に連絡は取ってあげるわよ。」
『…感謝する。自閉症モードの解除は知ってるな?』
「貴方の誕生日に、彼女の誕生日を足して、ひっくり返すんだっけ?」
『ああ、私の使うパスワードは何時もそれだからな。』
「ええ。じゃ、断線するから積もる話は後でね。」
『了解した。』

苦笑を浮べている戦友の顔を思い出しながら、ケイはケーブルを引き抜くと、穴を飛び降りた。


 



 


 
 
10thNight
| |