Epilogue
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―数日後、都市型コロニー"エルグランド"内 ウィスコー大学 第3学舎近辺 潅木林―

 ガレスの右手に握られたブランドが空を切った。

(まずいっ。)

 次の瞬間、ウィルのヤマトの刃が横合いからガレスに繰り出され、反射的にブランドが受け止める。が、二撃目の代わりに繰り出されたロー・キックを捌き切れずにガレスがバランスを崩す。

「チェックメイト。」

 ウィルは冗談めかしながら、ヤマトの刃をガレスの首筋に突きつけた。

「…まるで駄目だな。この間の立ち回りの時に比べて動きに生彩が無いぞ。」
「…ええ。」

何か考え込んでいる表情で答えるガレスに気付き、ウィルはヤマトのフォトンを収めると、ガレスに手を貸して立たせた。

「…何か、相談事があるのか?」
「…いえ、別に。」
「…この間の仕事の事か。」
「…!」

 言葉こそ無かったが、ガレスの眉が反応したのを確認すると、ウィルは得心したような表情でガレスについて来るように合図した。


―数分後、ウィスコー大学 第3学舎 ハーヅウェル自然地学研究室 講師室―

 「…まあ、座れ。」

 無言のまま、座るガレスを見ながらウィルは、数日前の新聞を取り出した。

 「…結局、あの事件は、"地下下水道に充満した廃残物から発生したメタンガスが自然発火して発生した天災"って事になったようだな。」
「…ええ。」

ガレスはさらりと答えたが、その握り締めた両の拳がかすかに震えているのにウィルは気付いた。
―あの後、彼ら4人は侵入時に使用した地下下水道跡を利用してスラム街から離脱。それとほぼ同時刻にスラム街の各地で大爆発―多分、ブラック・ペーパーのデリート・チームが証拠の隠滅の為に自爆を行った為―が起きた。
それを、彼らが確認したのは、高速道路にエア・カーを乗り入れてからであった。―

「現場にいた俺達はそれが違う事は判っている。が、今、それを主張しても、受け入れてもらえんのは…。」
「…そんなのは判ってます!」

思わず、怒鳴り返してしまった事に気付いたガレスが謝罪をしようとするが、ウィルは笑いながらそれを制する。

「…俺達はハンターズだ。自分の納得できる答えを追いかけて―その結果、自分の過去と決別する事になっても―自分なりの答えを導き出すのが仕事だろ?
お前は、自分が請け負っている仕事を完遂していないんだ。それを済ませるのが先だ。そうすれば、奴等が、スラム街一つを最終的に灰にしてまで隠し通したかった物が何か、てのが判る筈だ。」
「!」

 はっとさせられた様な表情になるガレスを、目を細めながら眺めながらウィルは言葉を続けた。

「お前もハンターズのはしくれなんだから、一度請け負った仕事からは逃げるな。
一掴みのヒントがあれば最後まで死ぬつもりで追っかけていけ!」
「判りました!」

激励に見事な敬礼で答えると、席を立つと駆け出そうとするガレスの首根っこをウィルは掴んだ。

「…し、師匠?」
「ハンターズの仕事に戻る前に、本来の仕事―学生としての本分―をこなすのを忘れてないか?
特に次の授業は、俺の講義だぞ?」
「あ…。」


―数時間後、都市型コロニー"エルグランド"内 ウィスコー大学 正門前―

「…つ、疲れた…。けど、師匠の言う事ももっともだな…。」

 ガレスは疲れきってはいたが何かを悟った表情で、学業道具その他一式が詰まっているナップサックを背負い直すと、校門を出て、新居―事件後、新たに契約したマンション―に向かって歩き出そうとした。
その時、後ろから重低音の効いたクラックションの音と共に、高級エア・カーがガレスのすぐ側に滑り込んできて後部ドアが開く。

「…兄さん?」
「久しぶりだな。よかったら家まで送ってやるぞ?」

 長兄のガウェインが軽妙な表情でエア・カーの中からガレスを手招きするのを見て、ガレスは溜息をついたが、何かを思いついたかの様な表情を一瞬浮かべると、そのままエア・カーに乗り込んだ。
それを確認すると同時にエア・カーは走り出す。

「…それで、オークニー財閥当主殿が、こんな辺鄙なコロニーに何のようですか?」
「相変わらず、きついな。」

弟の口調に苦笑しながら、ガウェインはエア・カー備付の小型冷蔵庫を開き飲み物を勧め、ガレスはダイエット・コーラを受け取った。

「…報告書は読ませてもらったよ。なかなか、大変だったようだな。」
「ええ、大変でしたよ…。」

そう答えると、ガレスはコーラの缶を開けると、一口煽った。

「それで、一つ教えて貰いたい。この事件について知っている者はどれ位いる?」

兄の率直な質問にガレスは苦笑しながら、頭の中を整理しながら答える事にした。

「…そうですね。今まで判明している事について知っているのは、私と長兄殿ですね。ただ…。」
「ただ?」
「部分的に知っている人物なら何人かいますし、真相についてはアナザドライブを造った連中しか知りませんよ。いずれにしても、ハードディスクの情報の分析を行い、アナザドライブの出所を突きとめて、何の為に造ったかまでを追求しない事には…真相には辿り着かないし、証拠の隠滅も含めて何も出来ませんよ。」
「…フム。」

 ガウェインは溜息をつくと考え出した。

「…このヤマは思った以上に深いな。それにブラック・ペーパーも絡むとなると…。」
「…ええ。ですが、勝利条件自体は大して難しくはありませんよ?」
「ほう…。話してもらおうか、その勝利条件とやらを。」

(…よし、喰らいついた。)

 自分の話に長兄が乗って来たのを確認し、ガレスは内心でほくそえんだ。


―数時間後、都市型コロニー"エルグランド"最上階 転送ゲート―

 「それでは兄さん、ご馳走様でした。」
「…まさか、夕食までたかっていくとはな。まったく、お前という奴は…。」
「ですが、実りのある夕食だったのでは?」
「…違いない。」

 ガレスの返答ににやりと笑い返すガウェインは数人の護衛と共に転送ゲートをくぐろうとしたが、何かを思い出したようにガレスの方に振り返った。

「しかし、いいのか?最悪の場合…。」
「私が言い出しっぺですから、泥は私が被ります…。まあ、向こうが本気で仕掛けてこない限りは足を残さずに逃げ切る自身はありますから…。」
「…そうか。資金については、こちらが何とかする。じゃ、場所の特定と、依頼の件を頼むぞ。」
「…仰せのままに。」
「それは、こちらの台詞だ。」

 ガウェインはガレスの返答に満足げな笑みで答えると、踵を返して転送ゲートに消えた。

「…さて、こっちも帰るか。」

 兄達の転送が完全に終了したのを確認すると、ガレスはナップザックを背負い直して、今度こそ帰路に着く
べく、歩き出した。


―数十分後、都市型コロニー"エルグランド住宅街 マンション"ヴェルヴェティーン"―

 「…さて、と。鍵は…。」

 ガレスは買い物袋を下ろすと、ポケットからカード・キーを出して自室の扉を開けようとした。
その時、後ろの物陰から、何かが跳んだ。

「!」

無言のまま、ガレスは左手を捻ると、ジャケットの袖に隠し持っていたタリスを数枚取り出し、それを束ねて、飛び出して来た相手の斬撃を受け止めた。2、3のタリスが亀裂と共に砕け落ちるが、最後の一枚がしっかりと相手の繰り出したブランドを受け止めきっていた。

「…二度も同じ手は喰らわないよ、リオネス。」

ガレスの発言に、斬撃を繰り出した相手―リオネス―はバツの悪そうな顔をしてブランドを収ると、両手を挙げて、恭順の意を示した。

「…前と同じ状況に持って行こうと思ったのに…。何処で気付いたの?」
「転送ゲートで兄貴を送り出した時。」

ガレスの返答に、『あちゃー』と大袈裟に額に手を当てるリオネス。 

「…同じ手を二度も喰らったら、師匠になんて言われる事やら…。」

肩を竦めて答えると、ガレスは荷物を拾い直すとリオネスに、部屋に入るように促した。


 「相変わらず、部屋の調度品のセンスは良いようね…。」

 通された応接間兼居間に備付のソファへ勝手に座り込んだリオネスを一瞥すると、ガレスはコーヒー・メーカーにコーヒー豆と水道水を注ぎ込み、スイッチを入れた。お湯が沸騰し、コーヒーが出来るまでの時間を利用して買い物袋の中身を片付け、サンドイッチを作り出す。

「…あれから、何日振りだっけ?」

―脱出後、高速道路のサービス・エリアでスラム街での爆発事件を知ったリオネスは、『あそこはあたしが育った街だから』と言って、一人その場からスラム街に戻った。―

「さあ?」

ガレスの問いにわざととぼけた返事をするリオネス。

「それより、この家はお客様が来ているのにお茶も出さないの?」
「…今、御茶請けと一緒に準備中!」

リオネスの図々しさに苦笑しながら、ガレスはサンドイッチを手早く切り、お皿に盛り付ける。タイミングよく沸きあがったコーヒーをマグカップに注ぎ込み、ミルクポットとシュガーポット、マグカップをトレイに、サンドイッチを皿に載せると、両手に持って居間に戻った。

「…お姫様、御所望のコーヒーと御茶請けのサンドイッチでございますよ?」
(ぎゅるるるるぅ〜、ぐう〜。)
「う、うむ。御苦労。」

 お腹の虫の抗議を誤魔化す為わざと偉そうな態度を取るリオネスに苦笑を抑えながら、ガレスはコーヒーの入ったマグカップとサンドイッチをリオネスの前に置き、自分のマグカップを取る為に台所に戻る。

「で、お姫様は何の用でこのあばら屋に来られたのですか?」
「…おかわり!」
「はいはい、只今。」

結局、リオネスが落ち着くまでに、サンドイッチを2度作り直し、コーヒーを1度入れ直し、やっと自分のマグカップにコーヒーを入れる事ができたガレスは、マグカップを片手にリオネスの前のソファに座った。

「…で、本当に何をしに来たんだ?」

 お腹が一杯になり、人心地ついていたリオネスだったが、ガレスのその発言で目的を思い出したらしく、懐からボロボロになった新聞を引っ張り出した。それは奇しくも、半日ほど前にウィルがガレスに見せた新聞と同じ新聞だった。

「これよ、これ!真実と全然違うじゃない!」
「…そりゃ、違うわ。
相手は、あの悪名高いブラック・ペーパーだ。それ位の圧力は掛けられるからな。それに…。」

昼間の自分と、目の前のリオネスを重ね合わせて苦笑しながら、ガレスは努めて淡々と受け答えした。

「それに?」
「あの事件は、まだ終わっちゃいないよ。ブラック・ペーパーが、何故スラムに進出した、と思う?何故、いきなり同盟関係にあったレッド・ナイツを裏切ってデリート・チームを派遣したと思う?」
「デリート・チーム?」
「君も戦っただろう?ラモラク卿が引き連れていたアンドロイド軍団の事。ブラック・ペーパーの証拠隠滅用のアンドロイド達で、最期は自爆して現場ごと証拠を残さない。」
「…!ああ、あれね!…けど、その理由って、さっきあんたが言った通り、証拠隠滅が目的じゃないの?」

リオネスの答えを否定する様に首を振ると、ガレスはコーヒーを一口啜った。

「証拠を消すだけなら、燃料気化爆弾の一発でも落とした方が安上がりだ。その後に報道機関に圧力を掛ければ、今回と同じ新聞記事が出来る。」
「…なら?」
「そう、態々人間を投入して現地で何を調べたのか?何が目的なのか?…俺の仕事はまだ終わっちゃいない…。これから、何年掛けてでも真実を調べるさ…。」

顎にコーヒーの湯気を当てて答えながら、ガレスはある事に気付き、それをリオネスに問う事にした。

「…これだけの確認に、ここに来たのか?」
「ま、さ、か!」

簡潔に答えると、リオネスは右掌をガレスの方に出した。
「?」
「報酬を貰いに来たんだけど?スラム街の案内人としての!」
「…ああ!てっきり忘れていると思ったのに…。」

 最初に手を組む時に話していた事を思い出したガレスだったが、その時の内容を思い出し、反論に出る事にした。

「あの時、具体的な契約は結んでいなかったはずだが!?」
「他所者のあんたに、"レッド・ナイツ"のドラッグ集積所の場所を教えたのは誰だっけ!?」
「仇討の為に、武器や防具、偽造身分証明書を準備したのは俺だが、それでも不足か!?」
「当たり前よ!第一…!」

リオネスは言葉を切ると新聞の次のページを捲った。

「『爆発後のスラム街への救済、スラム街跡地での新開発』『移民船造船工場の誘致開始』か…。」
「そうよ!お陰で、あたし達スラムの住人は今、政府の役人や警察連中、それに雇われたハンターズに追いかけられて、捕まったら、よくて居留地送り、悪けりゃブタ箱よ!」
「それは、俺に言わずに…ま、まさか!!」

リオネスが言おうとする事に気付き、ガレスの眉が跳ね上がる。

「うん!暫くの間、泊めてくれない!?」

リオネスの提案にガレスは眩暈を感じた。

「あ、あのな…。」
「い〜じゃない。一人暮らしには広い位のマンションだし〜。」
「あ〜、ミス・ディキアラ、ちょっといいかな?」

咳払いをして、呼吸を整えるとガレスは反撃に出る事にした。

「何よ?改まったりして?」
「俺は君の事を、一応、女性として見ているし、俺も男だから…。」
「襲うかもって?…あ〜はははははは。」

ガレスの堅苦しい発言に、いきなり大笑いで返したリオネスだったが、急に真顔になり、少し頬を赤くして答えた。
「…ガレスなら、いいよ。」
「え?」
「…この間の続き、結局、出来なかったし、ね?」

 そのままテーブルを迂回すると、ガレスにしな垂れかかり、ガレスの唇を奪うリオネス。

「!」
「…年上で、処女じゃないけど…積極的な女って、嫌い?」
「…そんな事、無いよ。」

 ガレスはリオネスを抱きしめると、今度は積極的に自分から唇を重ねた。

―Fin…?―


 
 
Epilogue
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