―二週間前、惑星コーラル 某国首都 高級住宅街―
一台の高級エア・カーが高級住宅街に造られた公園の入り口で止まる。
『尾行はされていないのか、ケイ?』
「される訳無いでしょう?あれだけ、尾行チェックと車の乗換えを行っておけば、普通は尾行出来ないわよ。」
朗らかに笑いながら、ケイは助手席に転がしているボストン・バックを軽く叩き、内容物―ラモラクの脳殻ユニット―の文句に口頭で答えた。
『しかし、オークニーの若造も大変だな…。兄弟間での継承権問題で家庭分裂か…。』
「それに、油を注いだのはあなたでしょう?誰だって、母親の再婚相手が自分達と同世代の男なら、最大の敵と思うでしょう?」
『こちらには、その意思は無くても、か…。』
「ええ、特にあの子達、父親を早くに亡くして母親が女手一つで育てたそうだからね…。余程、子供より貴方を取った事がショックだったのね。」
ラモラクの発言に頷くと、ケイは言葉を続けた。
「それに、あなたも覚えているでしょう、アグラヴェイン中尉を?」
『…おお、あの青生り瓢箪か!』
「あれは、ガレスの次兄よ。今じゃラグオルで、本来あなたが就く筈のWORKSラグオル派遣隊々長として赴任しているわよ。」
『…となると私の死はあの一族だけでなく…。』
「本星軍部高官たちにとっても都合が良かったのよ、…Mother計画を研究するのに。実際、あの計画に関与している企業や財閥の中には、オークニー財閥は元より軍産複合体のグラン=テクノス、剛雷重工等といった大企業が幾つも名を連ねているわよ。そして、その仲介役が…。」
『アグラヴェイン中尉か…。なら、師匠の元より隊長の元に行った方が良かったのかも知れんな?』
「…なら、今から、交渉相手を"伯父様"から"隊長"に替える?」
『…いや、これからの人生は人に命令されたりするのは御免なのでね。隊長には、いずれ私なりの方法で恩は返すさ。取敢えずは、師匠に頼み込んでボディとハンターズ・ライセンスでも取るさ。師匠に迷惑を掛けるかも知れんが、あの人なら、笑って許してくれるだろう。』
車載ディスプレイに表れたラモラクの返答に苦笑すると、ケイはバック・ミラーに移った高級エア・カーのパッシングに気付き、テール・ランプを数度点滅して、返答を行う。
しばらく、ランプの点灯で合図のやり取りを行うと、後続の高級エア・カーがケイ達のエア・カーの横に止まり、それを合図にケイが後部座席のドアを開ける。すると、後続のエア・カーから、一人の壮年の男性が乗り込んできた。ケイは後部座席に男性が座ったのを確認するとエア・カーを発進させた。
しばらく高級住宅街の中を、エア・カーは疾走していたが途中で高速道路へ入ると、ケイは自動操縦に切り替えた。ケイが自動操縦に切り替えたのを確認すると、後部座席の男は悠然と構えた状態で、口を開いた。
「…何年振りになるかな、ケイ?」
「ほぼ4年振りになりますわ、コリン伯父様?」
心無し少し上擦ったような感じで答えるケイに、壮年の男性―コリン・タイレル上院議員―は僅かに眉を反応させた。
「…それで、4年前に別れた男に連絡を入れてくるとはどのような用事かね?」
ケイは助手席を倒しボストンバックがタイレル上院議員に見えるようにした。
「?」
「…数年前に死んだ事になっている伯父様の弟子が、『伯父様に会いたい』と仰っていましたので、今回、お膳立てをしただけですわ。」
『御無沙汰しております、師父。…数年振りの再会であるにも関わらず、このような見っとも無い姿で御挨拶する事になって申し訳ありません。』
「この喋り方…ラモラク、お前か?」
『はい。』
車載ディスプレイに表示された文字を見ていたタイレル上院議員の眉が先程より跳ね上がる。
それを察したケイは密談用になっている車内防音スクリーンを起動させ、車載モニタの表示もタイレル上院議員の正面モニタ以外の表示をクローズする。
後部座席ではかつての剣術の師と弟子がなにやら密談めいた話を行っており、時々タイレル上院議員の表情が破顔したり驚愕したりと、色々な表情に変わるのを、バックミラー越しに微笑みながらケイは見つめていた。
やがて、タイレル上院議員の表情が固くなり、神妙な面持ちでディスプレイを覗き込み、二、三の発言を行うと、また、破顔したり驚愕したりと様々な表情を浮かべていた。
数分後―ケイが自動操縦をオフにして、高速道路からエア・カーを一般道路に戻そうと考え始めた頃―タイレル上院議員が防音スクリーン越しにケイに合図を送り、ケイは防音スクリーンを引き下げた。
「お話は終わりまして、伯父様?」
「…うむ、ラモラクはこちらで引き取る事にする。戸籍と身体は私の方で何とかしよう。」
「…ありがとうございます、伯父様。」
ケイは微笑みながら謝辞を述べ、手馴れた動作でボストンバックから伸びたケーブルを断線する。そのケーブルをボストンバックに収めながら、タイレル上院議員は、ふと何かにを思い出したような表情でケイに声を掛けた。
「…ただ、一つ教えて欲しい事があるのだが、構わないかね?」
「何でしょうか?」
「…何故、私なのかね?君やラモラクの経歴から考えると、レオの方が何かと便利では無いかね?」
最もな問いに、ケイは少し考え込んだ後、微笑みながら答えた。
「…それは、私達も伯父様も、世代こそ違えどもハンターズですから…。」
「…なるほどな。」
ケイの答えに納得したタイレル上院議員は破顔すると、エア・カーを最初に乗り込んだ公園に移動するようにケイに指示した。
―Fin―
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