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ファイル1:再起動/リブート





このアークスシップで誕生してから幾度も経験した身体の再構成が瞬時に行われ、当然のように成功する。
入ったときと素材の原子だの分子は違うだろうが、その構造、組み合わせさえ同じであれば、僕が僕であることに変わりはない。
ただ僅かに、ほんの少しの違和感を感じたが、それを掻き消すように声がかけられる。

「いつもご利用ありがとうございます。リバーさん」

転送直後で立ち往生している僕に呼びかけてきたのはエステの店員。
僕は利用頻度の高さと奇抜なコーデにより、アークスになってすぐに名前を憶えられてしまっていた。

「こちらこそ。いい気分転換になったよ」

彼女に軽く挨拶を返しエステショップから離れる。
モニターのついている休憩スぺ―スに腰を下ろして僕は自分の体を確認する。
エステの空間内には武器までは持ち込めない。
脛の横に浮いているジェットブーツとブリッツエースがイメージ通りになっているか確認しなければならない。
光源も現実ではエステ内よりずっと弱いために、イメージが変わってしまうことも少なくない。
入念にチェックしなければいけなかった。

……大丈夫だ。イメージ通り。

って、もう時間のようだ。
体のチェック中、視界の右下に意識を向けたために、そこにあるデジタル時計が自動で表示され、予定より長くエステ内にいたことに気付く。


20:20。僕の所属チーム(仮)の集会の時刻は毎週土曜の20:30だからそろそろ動くべき時である。
もっとも、チーム名が示す通り規則に厳格とは程遠いチームなので遅刻しても気にすることもない。
チームマスターからして、集会に顔を出さないことが頻繁にあるくらいだ。

『今日の集会はどこだい? 赤部屋?』

星系間ですらラグがほぼ無いフォトン通信で尋ねる。
チャンネルはチーム。略してチムチャ。
チーム員ならば全員がこのチャンネルにアクセスしているはずだ。案の定、即座に返答が返ってくる。

『今日はチムルだぞー』

サバサバした女性の声。ガンナーのチャコさんだ。
(仮)の中でも最古参のメンバーである。市民エリアには溺愛する娘と夫がいるらしく、家族を守るためにアークスになったらしい。
外見的特徴は黒髪、するどい目つきの赤目、治そうとしない傷、不敵な笑顔。実態は姉御肌で面倒見のいい呑ん兵衛だ。

『赤部屋はちょっと使えないから仕方ないやん?』

特徴的な訛り。オタさん。
第三世代アークスらしく、クラスは不定。つまりなんでもこなせる。
このチームで一番年齢が若く、それゆえ活発にアークス業をこなしている少年だ。
一方で外見は一言、チャラいにつきる。金髪、色黒、赤目。金色のアクセや赤い服などでコーデしてる姿をよく見かける。


僕は情報を得たので足早に歩き始める。
オタさんが言った赤部屋ではない理由はすぐにわかった。
エステのあるショップエリア2階から降りると1階では工事をやっている。
普段は見ることのない自動化された作業機械が勤勉に働いていた。惑星リリーパの機甲種に近しいデザインの多脚機械たちが連携して作業している光景はそれなりに壮観ではある。
エステに入った時にはやっていなかったから、その間に開始したのだろう。
赤部屋は工事区画のすぐ横。騒音と振動で集会にはならないに違いない。

「……なるほどね。ここも工事か」

最近、アークスシップ内では大規模な改装工事が頻繁に行われている。僕の活動拠点である4番艦アンスールも例外ではない。
風の噂ではアークスのトップがすげ変わった為だと言われているが、それが本当かは分からない。
永年、トップが誰であるかは機密とされてきたからだ。
末端に把握できる頂点といえば三英雄が一人にして六芒均衡一位のレギアスだが、彼がトップではないのは明白だった。

だが、確かに変化は起きている。それもこれも忌まわしいあの日……A.P.238/7/7を境にしていた。
チムル……(仮)のチームルームに移動するためのテレポーターに向かって歩く途中、僕はあの日のことを思い出した。


A.P.238/7/7の僕は、普段通りに起床し、食堂で奇怪料理人フランカの用意した謎の食品を断って代わりに合成食を食べ、いつものブロック34テレポーター横の溜まり場に向かった。
事件が起きたのは9時頃。敵性存在がマザーシップに侵入したことをオペレーターのブリギッタ嬢がフォトン通信を介して全アークスに通達。
ベテランのはずのブリギッタ嬢はその通達内容に驚き、言いよどんだ。
いぶかしんだ僕らが顔を見合わせた時、ロビーに備え付けられた巨大スクリーンにレギアスの顔が映しだされた。
表情は伺い知れないはずなのに、彼の言葉は諦観に溢れており、『絶対令/コード・アビス』を行使された……。

以降の記憶はひどく曖昧、しかし視界が真っ赤に染まっていたことが印象に残っている。
思考をすっ飛ばして体が勝手に動き、キャンプシップに乗りこむ自分をいつもより遠くから見つめている感覚があった。
普段の(仮)にある弛緩した空気はまるでない。たった一人のアークスを倒すための機械として自動的にPTを組み、最低限の通信だけで稼働する……。
夢なら悪夢というほどのことじゃない。だが、現実に自分の体が有事には使い捨てのアウトフィットと化すことをまざまざと体感させられた。
まるでモブだ。少なくとも、僕は自分の人生では主人公でありたかった。誰だって。


……ふと気づけば、僕はテレポーターの前に来ていた。
オレンジ色の大規模な装置が壁に埋め込まれており、自動ドアが入らないのかと訝しげに解放状態になっている。
そうだ、僕はチムルに行くんだった。
じっとりと汗ばんだ手をブリッツエースのポケットに突っこんでごまかす。

「なんだ、情けないな……。結構キてるんじゃないか」

自嘲的につぶやきながらテレポーターにアクセスする。(仮)のチームルームへ。

 


 
 

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