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ファイル3:変革/Trans








遡ること2時間。

チャコ、メルヴィン、ベルファミアの三人は、使われていないスフィアアリーナに来ていた。
使われていない、というのは、修復工事中であるためだ。しかし、自動化された建設機械が屹立しているが、稼働はしていない。
ウルクに指定された場所がここだった。
まさか現役アイドルの家を教えてもらえるはずは無いと思っていたが、事務所ですらない。

「ホントにここ? なんかのリハでもしてるのかな?」

ベルファミアが首を傾げながらアリーナを見上げた。
ここは4ヶ月ほど前にダーカーの強襲を受け、謎の怪物が荒らした区画である。

「もしかしたら、ここでライブの収録してるのかもしれねえ!!」

「! そっか、収録どこでやってるか秘密だったもんね!」

盛り上がるメルヴィンとベルファミアをよそに、チャコはモノリスに埋め込まれた記憶を辿る。

「……ハドレッド」

チャコの口から漏れ出たのはクーナの弟分の名前。ここは、かつてクーナがハドレッドと対立し、詰問をした場所なのだ。
ハドレッドの亡骸があるのは惑星アムドゥスキアの祭壇だが、そこは六芒均衡のクーナにとっては近くて遠い場所かもしれない。
アークスシップに限れば、弟と最後に邂逅した場所はここになる。

チャコたちはゆっくりとスフィアアリーナに入って行った。
奥から、淡い歌声が聞こえてくる。伴奏はなく、アカペラだ。

―――ありがとう 聞こえていますか わたしの歌が わたしの欠片が 目蓋伏せればすぐに会えるのに いつだって誰よりも近くにいれたのにね―――

「……これって、永遠のencore?」

「……すげえ、生声だ」

感嘆の声を漏らす二人をよそに、チャコの眉は顰められていた。

いかに通信技術が発達しようと、魂までは伝わらない。故に生声には価値がある。
しかし、今のクーナの歌はチャコがかつて生で聞いた時と比べ、明らかに見劣りしていた。

こういう時、仄かな自己嫌悪をチャコは覚える。
自分にはこれほどの歌声は出せないと言うのに、どうしても注文を付けたくなる。
文句でも嫉妬でもない。ただの期待である。
コイツもっといけるぞ! と気が付いてしまうのだ。
そして、気が付いたなら見てみたいし、聞いてみたい。さらにはその我儘を通したくなる。
なんてずうずうしいのだろう。と思うが、それでも我儘をやめないのがチャコだった。


クーナはだだっ広いアリーナのステージに腰かけながら歌っていた。
瞳は閉じている。ファンの皆にではなく、誰かのために歌を歌っている女性がそこにいた。

やがて、クーナは目を開けチャコら3人を見た。
瞬間、彼女はアイドルという強固なペルソナを被る。

「もしかして(仮)の方? ウルクちゃんから聞いてます!」

「そ、そうです!! ボク、メルヴィンっていいます! サ、サインいいですか!?」

「こらっ、抜け駆けすんじゃ……って違う! あたしたち(仮)のメンバーで、クーナちゃんの協力を取り付けたくてっ!」

懐からサイン色紙を取り出したメルヴィンにヘッドロックを掛けつつ、意気込んで頼み込むベルファミア。
それに対するクーナの返事は非常にあっけないものだった。

「うんっ! いいよ!」

にこやかに笑いながら、アイドルはそう口を動かした。

(あっ、こいつ人形だ)

チャコはそう気づく。
目の前の女には精気が無い。覇気もない。ついでに言えば、目に光が無い。
アイドルならば絶対的に必要とされるオーラのようなものが抜け落ちていた。
任務に従って動く人形しかここにはいない。

(どこにこいつは自分を忘れてきたんだろう?)

絶対令の日はクーナはまともだった。
あの日アークスに喝を入れたのは彼女なのだ。チャコはアイドルの啖呵にずいぶん感心したことを思い出した。

『みんな……いい加減目を覚ませ! 都合の良い現実ばっか見てるんじゃないっ! その目で見て、その頭で考えろ!』

正直、スカッとした。
だが、あの時のクーナとこいつは似ても似つかない。
クーナが自分を置いてきたのはきっとその後だ。

チャコは、商談を進めるベルファミアたちを見ながら、クーナの観察を続けた。



 

 

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