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ファイル3:変革/Trans







「ったく、あの陰険メガネ……。何が『そろそろアンコールを終わらせる時が来たんじゃないんですか?』よ……」

再建途中で放棄されたスフィアアリーナでクーナはそうつぶやく。
陰険メガネとは六芒均衡二位のカスラのことだ。
彼は、いくつかの資料を置いて、そのセリフを言っていた。
嫌になるくらいキザったらしい男だとクーナは思う。自分の曲『永遠のencore』とかけているのだろう。

仕事なので渋々資料には目を通した。
悔しいことに、資料内容はとても興味深いものだった。


デューマンの成り立ち。

クーナはそれまでデューマンとさほど交流があるわけではなかった。興味もない。
彼らは単なるファンか始末対象、そのどちらかでしかなかった。

だが資料によれば彼らは弟……ハドレットの系譜らしい。
ただ、あの子がなにかを残せたと思うと素直に嬉しいと思った。


でも、なぜカスラはこの資料を自分に与えたのだろう。『任務ですから』と言っていた以上は上の指示ということだ。
上……ウルク。あの優しく明るい少女。
正直に言って、クーナにとっては苦手な人間と言える。

(私が使えないなら、そう言ってくれればいいのに)

クーナは薄々そう思われていると気づいていた。
クーナ自身は何も変わっていないと思っている。歌はいつもと同じように完璧に歌えているのだ。

だが、ウルクをはじめとして幾人かの人間からの評価が下がっていた。
理由は分からない。
そういえば、こないだここに来たアークス……(仮)とかいうチームメンバーもそうだ。
3人来たのだが、チャコという女性は私を随分冷めた眼で値踏みしていた。

彼女なら原因が分かるのだろうか?


「うィーっす! 失礼しまぁーす」

「!? 誰?」

人避けをしていたはずのスフィアアリーナに人影が現れる。
クーナがそちらを見ると、タイミングのいいことに当のチャコがいた。

「ウルクちゃんに頼んだ資料は受け取ってくれたかな? ダメ押しにきました!」

「……資料、ですか?」

クーナはアイドルの仮面を被るのを忘れていた。つい始末屋のような声色が出る。

彼女は一体どれほど自分のことを知っているのだろう?
どこまで心に土足で入ってくるつもりなのか。
警戒をしていると、チャコの背後からひょっこりと顔を出した少女に気付く。

「ん。デューマンについて知っててもらいたくてさ。それと、デューマンのファンを連れてきたわ」

別にデューマンのファンは珍しいわけではない。
チャコの背後から出てきた少女は褐色に銀髪、筋肉のつき方から恐らくブレイバーだとクーナは看破した。
年齢は自分と同じくらいか。目を合わせるとキラキラとした瞳で見つめ返してくる。

少なくとも、彼女には敵意も企みもなさそうだ。いつも通りアイドルの仮面を被ってにこやかにほほ笑む。

「えっと……、あたしはサフラン!」

「サフランちゃんっていうんだ? かわいい名前だねー!」

どうしてチャコはこの子を連れてきたのだろう?
クーナに疑問はあったが茶番だとするなら付き合ってやろうと思った。
しかし、サフランは真剣な目で会話を続けた。

「ねえ、クーナ。アキさんから聞いたよ。あなたのことも、ハドレットのことも」

瞬間、クーナの笑顔が凍り付いた。
ノックもなしに無理やり心に侵入されたことに気付くのに、しばし時間がかかった。その隙にサフランの言葉が続けられる。

「あたし、お礼が言いたくて」

「……お礼?」

自分でも信じられないほど言葉が冷える。目の前のデューマンは何を言うつもりなのか。

「うん! ハドレットのおかげで今のあたしがいるって」

こともあろうに、ハドレットの存在意義を自分に置き換えられた。
クーナの中で何かが爆発する。

「……そんなこと、あの子は望んではいませんでした!」

ついにアイドルの仮面をかなぐり捨てた。
この少女は確かに善意で言ってくれているのだろう。感謝もしているのだろう。
しかし、そんなお礼をハドレットは求めていない。

「あの子が、望んでいたのは……!」

私の歌を聞きながら、平穏な生活を出来たら……。
それはクーナの願いでもあった。

クーナとハドレットは研究室の清潔だが暗い部屋で、半ば軟禁されていた。
もっと広い所で穏やかに暮らしたい、というのは出過ぎた願いだろうか?
それすらも出来なかった。

震えるクーナの手にサフランの手が触れられる。

「……ごめんね。クーナ」

「触らないで!」

払いのけると、サフランは一瞬驚いた顔をした。
傷ついたか? ざまあみろ、とクーナは思う。

だが、次の瞬間サフランに、もう片方の手を両手で握られた。
予想よりずっと力強い。
自分とそう背丈も変わらない子だというのに、どこにこんな力があるのだろう。

「あたしさ。親友が出来たんだ」

「こ、今度は幸せ自慢ですか……?」

喧嘩でも売っているのだろうか? クーナは睨みつける。

「ん。そうなっちゃうかも。レラ来てくれる?」

〔わかったー〕〔開いたらすぐに行くよ!〕

サフランがそう言うとスフィアアリーナの天井が音を立てて展開していく。
いつの間にこんなものを仕込んでいたのだろう? 青い空が見えた。

「……え?」

アークスシップの狭い人工の空をクォーツドラゴンが飛行している。
クォーツドラゴンは軽く旋回をした後、アリーナに着陸した。

目を丸くしてクーナはその様子を眺める。

「レラっていうんだ。こっちはクーナ」

サフランは当たり前のように紹介をしている。当のクォーツドラゴンもそれに倣った。
大音響の咆哮がアリーナ内に響き渡る。

〔はじめまして!〕〔コ・レラです!〕〔サフランのこと〕〔よろしくね!〕

「ちょっとレラ? まるでお姉みたいなんだけど? あとうるさいってば!」

サフランは頬を膨らませている。彼女たちは笑いあっていた。
いつのまにか、クーナの目からは涙が零れていた。

私とハドレットにも、あんな時期があった。どれほど昔だろう。
あの子が悪戯をして、失敗するあの子を笑って。いや、逆だったか?
幸せな時間だった。
戻れるものなら戻りたいと思う。けれどその願いは叶わない。

〔ん?〕〔クーナは〕〔どうして泣いてるんだ?〕

クーナは指摘されて涙を拭う。
前を見ればあたふたとする一人と一匹がいた。
互いの顔を見て、失敗しちゃったかな? とでも言いたげな間抜けな表情で。

「な、泣いてなんか……ふ、ふふ……、あははっ。うん、負けたよ! 悔しいくらい幸せそうだね!」

今度は自然と笑い声がでてくる。そんな自分にびっくりしていた。
ただただ悔しかった。でも、まるで悪い気分じゃなかった。

……ああ、この子たちは私にあの日の続きを見せてくれるのか。

ひとしきり笑い終わると、クーナは尋ねた。

「紹介されたってことは、友達ってことでいいの?」

「もちろん!」〔友達!〕

こんな私を友達と言ってくれた一人と一匹に感謝する。
永遠にアンコールを続けるのはもうやめよう。自然とクーナは思った。
こうして、目の前に新しい物語が始まっているのだから。

クーナは、チャコに振り返って言う。

「チャコさん。いい人たち紹介してくれてありがとね!」

吹っ切れたような笑顔でそう言った。
それは、アイドルでも、始末屋でも、六芒均衡の零位でもない、とびきりのクーナの笑顔。

だから、チャコも満足げに応える。

「じゃ、ご褒美に和ロックつくって! アップテンポでかわいいやつ!」

PN:チャルチウィトリクエ。クーナの時間でのお願いを彼女は繰り返したのだった。


>> to be continued

 



 

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