調査という名の連行を開始して30分。
刻一刻とデリートを行うためのエリアへ近づきつつあるのだが、僕の注意力は散漫になっていくばかりだった。
僕の中で、ここで殺ってしまおう、という理性と、もう少しこの時間を続けたい、という思いが相反している。
(こんな、真似事をしたところで――)
内心ではそう思っても、実行には移せない。
今だって、アイツは不用心に僕へ背中を向けている。ビートガンで頭と胸に数発撃ちこめば、簡単に命を奪うことだってできるはずだ。
そのはずなのに――。
「これより下は小型探査艇が必要ですね……。ここまで持ち込むとなると、骨ですけど」
「そう……だな」
下層の状態を覗き込んだままで突然話題を振ってきて、内心でたじろいでしまう。
やはり班長を担うだけある。こちらが近寄った事を認識していたか。
「…大丈夫ですか?具合でも悪いの……?」
「ぇ……あぁ、問題ない。次のポイントへ行こう」
……そうでなければいけない。
お前は、僕の敵なのだから。安易に狩り殺されるような目標じゃ、意味が無い。
そう思うことにして、僕は再び歩を進める。そして更に1時間が経過した頃。
「準備いいか?」
「OK。最大稼働時間、約40秒」
「十分だ……カウント・スタート」
僕達は、第32層――最上階へと辿り着いていた。
非常電源のエンジン音と煤煙と共に、重々しい音をたてて最後のポイントへと続く薄汚れた隔壁が開いていく。
(……む)
長く開いていなかったのだろう、スエた臭気が鼻を突く。
次の瞬間、エミーナ・ハーヅウェルがクレアダブルスを持って、僕の前に出る。
庇うつもりなのか、この僕を。
ハルヴァを隙無く構えながら、僕は内心苦笑する。
(これから、狩り捕られるとも知らずにな……バカな奴だ)
頭の鈍痛が酷くなりつつあるが、気にしない事にする。
過去を消去する事。それの何が悪いというのだ?
「たは……これはちとヤバぃ、かな……?」
「数が多いだけだ。やり方さえ間違えなければどうって事ない。行くぞ」
どのみち、ここを越えねばデリートするポイントへ辿りつけないのだ。
山ほど大量に居た犬のような敵生成物――バジラを掻き分け排除しつつ、奥へ奥へと進む。
「なんだってこんな狭い所に、固まって……?」
「さぁね。考えられるとすれば、………」
奥に進むにしたがって、慣れない臭気が強くなっていく。
……何かが確信に変わっていく。人を"壊した"事が無い僕が、未だに慣れないもの。
即ち。
濃密な、血の匂い。
(……)
自然と、進む足が遅くなる。
そして、その先に居たのは――。
「遅かったじゃないか、ティル・ベルクラントぉ?ほぅ、"オトモダチ"も一緒かぁ?感心感心」
独特の抑揚をつけた、太い男の声。
声の主の外見は、一見えらくユーモラスだ。ぬいぐるみのカバのような丸いフォルム、背中には黄色いラッピー型のリュックを背負っている。
それだけに、そいつが両手に握るツインセイバー、ツーヘッドラグナスが剣呑な違和感を湛えている。
「……何故、貴方が……ここに?」
凄惨を濃密に纏って、血の臭いを隠しもしない、紅い影が――そこに居た。