■Yuuduki Side
「心音低下、呼吸器と輸血用パック―― !?っ、なんで入ってないのよ?!」
加速Gを和らげるはずの反重力装置がフル稼働しているにもかかわらず、ビリビリと震える与圧キャビンの中で、緊急時の為に常に緊急医療パックを開き、私は目を疑った。
出撃時には必ず常備されるはずの輸血用パック。いつも入っているはずの場所に入っているものが、入っていなかったのだ。
いつも使っているチーム用の機体じゃないから、搭載時に確認が漏れたの!?
「どうしたてんてー?」
私の押し殺した悲鳴に、カレさんに操縦を任せた"ボス"がこちらへやってきた。
「どうもこうも――輸血パックが全く入ってないの!」
「何ぃ?!んじゃ、エミりゃんに輸血は――」
「……このままじゃできない。カレさんは――」
「あいつはA型だな、確か」
「ボスはB型よね?」
「……だな。猫は……」
「……ノラも、A型にゃ……夕月さん、何とかならないの……?!」
「……無理だわ。O型は理論上、全ての血液型に輸血できるけど、その逆はできないの……」
「にゃ……」
ネコさんと"ボス"の辛そうな表情が胸を刺す。
無理に緊急出動させた弊害がこんなところで出てくるとは……!
痛恨のミスとはこの事。悔やんでも悔やみきれないけど……今は出来る事をやらなきゃ"戦場の看護士"の名が廃る!
生理食塩水の点滴や医療用ナノマシンの投与を試みるものの、あまり効果はない。酸素を運ぶ為の血液が圧倒的に足りない。
このままじゃ……!
「……O型の、血液が足りない、のか?」
押し黙った静寂を打ち破ったのは、血に塗れた、件の赤毛のエミさんによく似た娘だった。
「貴方……えと、貴方、名前聞かせてくれる?」
「……ルシーダ・ミュール」
「あれ?それじゃ、ティル・ベルクラントって……」
「……仮の、名前だ」
「……それじゃ、ルシにゃんが、エミ姉の……?!」
「……君が、"ワイルドキャット"――ノラネコ、か。
僕のこと、そこまで知ってるなら、話は早い。エミーナに……姉さんに、僕の血を、輸血して、ほしい。
……僕らは、人工の一卵生双生児、だから……血液型は、同じ、はず」
サンプル採取したこの娘の血液は、確かにO型。エミさんと同じ血液型。でも、医療の心得がある者として、これは承伏できない。
既に出血してるけが人から輸血するだなんて、リスク以外の何者でもないのに!
「無茶言わないで!貴方だって大分出血してるのよ!?最悪ショックで命を落とす可能性だって……」
「……無茶は、承知の上。
でも、姉さんは――その無茶を押し通して、ここまで来て。――そして、僕の命を助けてくれた。
今度は……僕が、姉さんを助ける番……!」
彼女の脳内ドーパミン量や脈拍はとっくに上限を越え、もはや異常ともいえる値。本来なら意識を保っている事すら奇跡に近い状態なのに……それでもなお、意志の光を強くたたえた一対の紅い彼女の瞳が、こちらを見上げる。
その視線が、記憶の中のエミさんと重なった。つい、服を脱がされた右肩に白い固定ハーネスと包帯を巻かれ、力なくベッドに横たわる痛々しい姿のエミさんを見る。
わかってる。
血液を大量に失ったエミさんを救う手だては、もうそれしか方法がないって事くらいは。
でもそれは、一人の命を救う為にもう一人の命を危険に晒す事でもある――迷いの中、身動きが取れなくなって。そんな私の背を押したのは、"ボス"の言葉だった。
「……ルシーダって言ったか?お前さんの覚悟は分かった。だが一つ約束しろ」
「……取引、か。流石、ガーディアンズ。こんなときでも、抜け目ないな」
鼻白むティル……ルシーダ嬢に、"ボス"は今にも噛みつきそうな表情を浮かべる。
普段のオチャラケぶりを想像もさせない。彼は心底怒っているのだ。
「阿呆!取引だぁ?そんなん知ったことか!
そんなもんゴミ溜の中にでも捨てっちまえ!俺が言ってるのはお前らのことだよバカヤロウ!
……命に代えても、ってのは無しだ。お前とエミーナ、絶対二人で生き残るんだ。いいな?」
「…………。姉さん一人遺して、死ぬもんか」
ぽかん、とした後。不敵な笑みを浮かべるルシーダ嬢に、"ボス"もまた、普段とは違うビーストらしい獰猛な笑みを浮かべ、場の陰鬱な空気を吹き飛ばす勢いで笑う。
「へっ、そーこなくっちゃな!
てんてー、ティルとエミーナに輸血の用意を。猫はそのサポートを頼む。俺は――操縦以外何も出来ねぇけど、お前等の生還を祈ってやる。全力でな!」
「操縦はカレにゃん一人で問題にゃいんだから、ボケっとしてないでとっとと機材運ぶにゃ、"ボス"!」
「ったく……カッコつけだけは一流なんだからなぁ」
「てフェッ、バレテーラ♪」
「「はよしろ(ニャ)っ!!」」
ついネコさんと一緒にツッコミを入れてしまったけれど。
―― 実のところ、助けられたのは私たちの方だろう。
普段バカやってる癖して、いざって時の"ボス"の行動力と場を和ませる才能は本当に賞賛できるレベルだと思う。
ま……普段のバカさえ無ければ、上からの評価だってもっと高いんだろうけど、それが"ボス"だからねぇ……。