彼女の手を、力が入らなくなりつつある左手で、ぎゅっと握る。
店長さんが、ボクに託してくれたもの。
……シンクが暗号解析してくれた"アルティア・メモ"の中にあって、唯一意味が分からなかった――『もう一人を、鍵として取り込む』という言葉。
490が示した、唯一のヒント――『生死は関係ない』。
それで、ようやく合点がいった。想像が正しければ、これが――最後の手段。
でもこの手段は、ルシーダにまた無理をさせてしまう。
それに、結果が想像と違っていたら?メモの内容が、間違っていたとしたら?
「エ、ミ……」
重なる震える手が、ぎゅ、と握り返してくる。
「ルシーダ……?」
「……その手段でなら、これを、終わらせられる?」
「……ッ」
何故わかるの、とは不思議と思わなかった。
ただ、ルシーダの事が心配で。思わず押し黙るボクを肯定と見て取ったか、彼女は一つ頷く。
「出来るん、だね?だったら、僕は……いいよ」
「……だって、失敗し、たら――」
「――二人とも、ここで死ぬだけだ。だったら僕は……少しでも希望がある方に、掛ける」
判断する余裕もない。やるしか、なかった。
「ん、分かった……方法、は」
ルシーダの耳元に、囁く。
季節は初夏だというのに、ボクの身体の震えは止まらない。
「どんな方法でもいい、ボクの生体組織を――取り込ん、で」
「生体、組織……を?」
「肉片でも、血でも、いいから……早、く……」
意識が朦朧としてくる。
身体が寒い。
「……ん、く」
「あ、ぐぅッ……!」
未だに赤い血が溢れてくるボクの右肩へ、ルシーダが口を寄せ。舌で傷を削り取るように小さく舐め取る。
朦朧とした意識が、傷口に触れられた痛みとルシーダの身体の熱とで、少しだけ引き戻された。
今にも気を失いそうになりながら、ボクはなんとかルシーダに言葉を紡ぐ。
「……チャンスは、いっか、い、きり……。これ、使って……」
「これ、君の……」
ノラに鍛えてもらった、愛用の炎属性クレアダブルスを、血まみれの震える左手でなんとか引き寄せ、彼女へと渡す。
「キミ、の、武器……さっきの、銃撃で……壊れ、ちゃったで、しょ?
ボク、は……こんな、状態……で、戦えなく、なっちゃった……から。これ、使って、欲しい」
「分かった――すぐ、カタをつけるよ……だから、ちょっとだけ――ここで待ってて」
「……ぅ、ん」
ルシーダは、一回ぎゅ、っとボクの身体を抱きしめ、壁にもたせ掛けてくれたようだったけれど……実のところもう、頷く事すら億劫になってきていた。
目も霞んで、ちゃんと見えない……せめて、せめて最期にあの子の姿だけでも――。
「るしー、だ……!」
「……これから、もう一度"自分"を始める為に――これまでの"自分"を、ここで終わらせる。
行って来るね、"姉さん"」
「……」
もう、何も見えない。
もう、何も聞こえない。
意識が闇に堕ちる寸前、ルシーダのボクを呼ぶ声が、遠くで微かに聴こえた気がした。
(ウィル……、ノラ……、そして、ルシーダ……ごめ、ん。ボク……もう、……)
|