クレイモアの一閃で親衛隊を生物であった物に変えていくアンドロイドと、コートの下に隠し持っていた二丁のマシンガン―L&K14コンバット―を乱射するロングコートの男の前に、"ナイト・アウル"のヘッドはあっという間にミンチにされ、残った幹部達も切り殺されるか撃ち殺されるか―あるいはほうほうの体で逃げ出すか―を選ぶしかなかった。
しかし、ほうほうの体で逃げ出した幹部達もラウンジの外に出た瞬間、安堵が絶望に変わった。すでに、廃ビルは"レッド・ナイツ"の連中とわかるチンピラ達に囲まれ、出てきた者達を待ち構えていたのであった。
周りで起きる阿鼻叫喚の中を、リオネスはどこをどう潜り抜けてきたかは覚えてはいなかった。ただ、一日以上の時間を費やして住まい代わりにしている廃ビルに辿り着いた時には、耳につけていたピアスはちぎれ落ちており、左上腕部と腹部には深い刺傷が刻まれており、右手には(誰から奪ったのか判らない)ダガーを一本握っていた。感覚の無くなりそうな左手で腹部の傷を押えながら廃ビルの入ろうとするとむせ返るような血の匂いが漂ってきた。
「…!」
警戒したまま廃ビルに入ると、すでに血の饗宴は終わった後だった。
留守を任せていた部下達は、全て物言わぬ肉隗に代わり果てており、金目の物は隠していた物を含めて全て持ち去られた後であった。
「…そんな…。」
その場に座り込んでしまい呆然とする彼女の目からは涙が留め止め無く流れ出した。
だが、足音がビルの外から聞こえて来た時、彼女は自分でも意外な程に、その事実を受け入れる事が出来た。
「…残党狩りか!」
涙を拭い、気配を消して建物の中を移動して足音の主を求めて移動すると廃ビルの玄関の前に自分よりも若そうな少年―耳の長さと身体つきからして人間だろう―が少し疲れきった表情で座りこんでいた。
見た事の無い格好―多分、スラムではお目にかからないフォースだろう―をしており、見た事も無い顔をしている。幸い、相手はバディもおらず、怪我をして血の匂いを漂わせている自分の存在に気が付いていない。
(…殺って、装備を奪って逃げるか。)
彼女自身、無抵抗の人間を殺すのに抵抗が無いわけではないが、余所者であり、敵の可能性が高い人物を見逃せる程、状況は良くない。ましてや、忘れ掛けていた腹部の痛みは鈍痛から激痛に変わりつつあった。覚悟を決めて後ろから襲い掛かった。
襲い掛かった時、バランスを崩しかけたが何とか少年の右腕を捻り上げ、そのまま首筋にダガーを押し付けた。不思議な事に、押さえ込まれた少年は逃げようともせず、ただ片眉を跳ね上げて無言のままだった。リオネスは怪訝に思いつつも、お約束の陳腐な台詞を口に出した。
「…おい、お前!何をしている!?」
が、声を出した瞬間、腹部の傷からの出血が激しくなってきた。悲鳴が漏れそうになるのを歯を食い縛り耐える。
「…観光…てのは駄目かな?」
少年のわざととぼけたような返事にカっとなり、ダガーをそのまま横に引こうとしたが足に踏ん張りが利かなくなり、止むを得ず首筋に数cmの傷をつけ、最後に力を振り絞って凄む。
「…あんた、人を馬鹿にしてんのかい!いますぐ、後ろを振り向かずに持っている物を全部後ろに放り出しな!」
「…O.K.判った。」
少年がそう答えた時、リオネスの足から力が抜け、そのまま崩れ落ちた。少年の背中がドス黒い赤に染まった所で記憶は途切れていた…。
記憶を辿り終え、リオネスは考え込んだ。
住み慣れたスラム街のようなすえた匂いも無く、外の天気は酸性雨ではなく、スラム街では見る事が出来ない青空がある。目を凝らして見ると青空の向こう側にはうっすらと街並みが見える。
(一体、自分は何処に、誰に連れて来られたのだろう?)
そう考えて思わず自分の体を自分自身で抱き締めると、頭の中に"監禁調教""薬漬け、後、人身売買"等あまり考えたくない単語や言葉が過ってしまい、リオネスの顔色が青白くなる。
その時、部屋の扉を軽くノックする音がして、リオネスは慌てて寝た振りをした。
返事をしなかったにもかかわらず、扉は躊躇せず開き放たれ、記憶の中では後ろを取った少年が、先程―といっても記憶の中だが―とはまったく違う格好―洗い晒しのコットンパンツにネービー・ブルーのシャツ―を着て、暖かそうなスープと分厚いサンドウィッチが乗ったお盆を持ってきた。
少年は、お盆をナイト・テーブルの上に乗せると、どこか困惑した表情を浮かべてリオネスの寝ているベッドの傍(但し、リオネスの手や足が伸びても届かないぎりぎりの所)まで近付くと、少し考え込んでから口を開いた。
「寝たふりをしても判りますよ。リオネス=ディキアラさん?」
この奇襲に、リオネスは驚いた。思わず、跳ね起きて少年の方を驚愕の瞳で見る。
「…眠っている間に警察の前科者リストを調べさせて貰いましたよ。元、"ナイト・オウル"幹部殿?」
「ちょっと、それ、どういう事…?それに、あんたは?」
「…失礼、俺はガレス、ガレス=オークニー。」
それだけ、言うと少年―ガレス―はベットの足元の方に座った。一瞬、身を硬くするリオネス。
身を硬くしたリオネスの事は気に求めずに、ガレスは治療テクニックの一つとして有名なレスタを詠唱した。リオネスの身体の痛みが少しずつではあるが、収まっていく。困惑の表情を浮かべるリオネスに不器用に微笑みながら、ガレスは口を開いた。
「まず、最初に言っておきたい事がある。俺は、君と戦う意思は無い。」
「?なら、私の質問に答えてくれない!?口先だけの…。」
(ぐぅ〜。ぎゅるるるるぅ〜。)
ここまでリオネスが言った時、リオネスの肉体は数日振りの栄養の補給を求めて抗議の声を上げた。顔を真っ赤にするリオネスに対して、ガレスは朗らかに笑いながらお盆の上の食べ物を彼女に勧めた。
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