「…何よ、美味いじゃない。」
初めは毒や催淫剤が入っているのでは、と文句をつけて食べようとしなかったリオネスだったが、結局、ガレスが最初に用意したサンドウィッチとスープだけでは足らず、ガレスが追加で持ってきたサンドウィッチ二つとスープ三杯を腹に収めて、食後のミルクティーを飲みながら考え込んだ。
―あの時、ガレスは血塗れになりながら、彼女に応急処置を施して、そのままスラム街から撤収。
いくつかの乗り物を乗り換えて、コロニー"エルグランド" 内、マンション"レ・サン・デ・ポエ"に帰り着いたのが昨日の明け方。
その後、レスタを初めとする治療と衣服の交換を終えて、このベッドに寝かされた。―
ここまでをガレスに聞きながら、リオネスは食事を続けていたが、もっとも気になる事を聞く事にした。
「何故、あたしを助けた?ともすれば、あんたを殺そうとしたあたしを!?」
「単刀直入に言う。あなたと手を組みたい。」
そういうと、ガレスはミルクティーのお代わりを自分のティーカップに注ぎ込み、しばらく考え込んだ後、言葉を続けた。
「俺は、とある薬の販売ルートを調べるって言う仕事でスラム街に用があるんだ。」
「ヤク?コークやペイなら知ってるけど、どうせラインはいくらでもあるし調べるだけ無駄よ。」
少し馬鹿にしたようなリオネスの返答をガレスは無視してガレスは言葉を続けた。
「…探しているのはアナザドライブのルートだ。」
この発言にリオネスの眉が跳ね上がる。
「…アナザドライブって…あの?」
「あのって言われても判らないが…俺が探しているのは幻覚剤の…。」
そこまで言ったガレスは、リオネスの瞳に言い様の無い悔しさと怒りの暗い情念の炎が見え隠れしているのに気付いた。
(ここからが執念場だぞ、ガレス。)
ガレスは、自分自身にそう言い聞かせると、リオネスの感情の変化に気が付かない振りをして話を続ける事にした。
「無論、只とは言わない。それ相応の報酬は出すつもりだ。」
(…この子、何を狙ってるの?それに、どうして見ず知らずの人間にさらりとこんな事を!?)
リオネス自身、ガレスの真意は測りきれなかったが、彼の言ってる事を利用できれば、自分の暗い願い―復讐―への力をと機会を入手できる事は判った。なら、それにのるしかない、そう決めると彼女もそれにのせられた振りをする事にした。
「…例えば?」
「少なくとも、仕事が終わるまでは警察に突き出さないし、しばらくの寝ぐらと食事、あとは…。」
そこまで言うと、ガレスは椅子に掛かっている服の方を顎でしゃくりながら言った。
「服の替え、と護身用の装備代位は前金代わりに出す。」
「…それに、もう一つ。」
「なんだ?」
「表が歩けないと話にならないから、偽造でいいからIDカードを1、2枚。」
「O.K.すぐに手配する。」
リオネスの発言にガレスは頷き、ベッドから立ち上がった。
―都市型コロニー"エルグランド"内、マンション"レ・サン・デ・ポエ"―
「…とは言ったものの最後の難関をどうするか、だ?」
ガレスは自分のパソコン―とは名ばかりのカリカリにカスタマイズした情報端末―の前で、手を組みながら考え込んだ。
個人データのでっち上げはガレスのようなハッカーにとっては簡単な作業だった。IDのデータ作成自身は既に作成が済み、後はこのデータを知り合いの専門家―偽造屋―に渡せばすぐに出来る。武器にしてもハンターズ独自のネットワークである程度のものならすぐに入手できる。
「我侭な姫君はお風呂の中だし…。」
IDに必要なデータの確保と傷の回復状態確認を行うべく、左頬に大きな手形をつけられながらも必要な情報―幸い、傷の癒着は確認され、回復も順調である事は確認できた―の入手を終えると、リオネスは風呂を要求してきたので、タオルとシャンプー類を渡してユニットバスの場所と使い方を説明して、現在使用中になっている。
「あとは、服か。」
少なくとも、あちこち破れていたり、血糊が抜けきっていない合成革のツナギや黒のビスチェでは、別の意味で目立ってしまう。
自分が着ている服で代用しようとしたが、サイズが違い―特に、リオネスの胸が大きすぎて、上に着れる服がほとんど無く、あってもTシャツ位しかない―ネットで手配するのなら入手が簡単な反面、騙された際の対応が難しい。
「と、なると後は本人自身を引き連れて買い物に…。」
幸い、"エルグランド"に戻った際に用いた転移装置の映像は帰宅すると同時に書き換えた上、知人や友人を始めとする目撃者はいない―その為にわざわざ早朝に帰還している―が、仮にも犯罪者であるリオネスを連れて歩く、と言う事は最悪の場合、治安当局やその依頼を受けた同業者との戦闘も予想せねばならない。
ガレスはハンターギルドにアクセスすると、ギルドの登録ハンターの内、"エルグランド"に緊急召還命令を受けてすぐに展開できるハンターを常任/非常勤を問わずに確認を始めた。常任なら動向はギルドで情報があるし、非常勤なら顔見知りが多いので動きはある程度把握できる。
「…確か、ウィル先生は今日は学会に参加するから"エルグランド"にいないがアムちゃんやイフリーナさんはいるし、ケイ師匠は定期検診で本星にいるがシスカちゃんが代わりにエニードちゃんの面倒を見ているはずだし…、なっ、雷兄弟が隣のコロニーで仕事をこなしている…。」
知人でトップクラスのハンター達の状態を確認しただけで外出するのは避けた方がいい事が判ったガレスは、リオネスがバスルームから出てくる前に婦人服関係の通信販売の検索を始めた。
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