―数十分後―
「…ふぁあ、いい湯だった。」
リオネスはバスタオル一枚を羽織っただけのしどけない格好でバスルームから出てきた。
スラム街からの逃走前を含めて実に1週間振りの風呂は精神的にも肉体的にも緊張をほぐし、この後の事を考える余裕を生んだ。
「…とりあえず、ビールでも飲もうか。」
周りを見回すが冷蔵庫はなく、他人の家にいる事を思い出すとリオネスはガレスからビールを入手すべく、バスタオル一枚で探索をする事を決めた。
バスルームを出てリビングルームに入ると男の一人暮らしからは創造が出来ないほど無駄の無い整理されたキッチンがあり、リオネスが予想した以上の大きさの冷蔵庫があった。
「ラッキー!」
左右を確認して冷蔵庫に近付き、扉を開けようとするリオネス。思わず、喉を鳴らして扉を開けたその先にはビールは無く、代わりに大量の食材が詰まっていた。
「スカっ!?」
が、冷凍庫の扉を開けると、幾つかのよく冷やされたグラスとロック用アイスの袋が詰まれていたのを確認すると、リオネスはほくそ笑み、ガレスを探す為に別の部屋に移動した。
自分がさっきまで寝かされていた部屋には誰もおらず、玄関付近の部屋に移動しようとするとドアホンの鳴る音がしたので思わず廊下の陰に身を隠すと、リオネスは陰から玄関を観察する事にした。
「来たか…早いな。」
ガレスはドアホンの音を確認すると、椅子から立ち上がり机の中に置いていたヴァリスタを取り出し、フォトンの充電状態を確認してベルトの腰部に挿しこみ、インターフォンのモニタを確認した。
モニタには先程衣服を注文した婦人服店の包装紙に包まれた箱を幾つか乗せた台車の傍に宅配業者が扉の前にいた。玄関の監視カメラの各種映像モードから宅配業者のボディチェックを行い、ほぼ安全であるのを確認するとガレスはインターフォンを取り上げた。
リオネスは物陰から、ガレスが部屋を出て扉を開けるのが見えるとそのままガレスの方に行こうとしたが気を取り直して、そのままガレスのやり取りを確認する事にした。
ガレスは格好こそ先程と違わないが、後ろから見ると腰に大型のハンドガンを挿し込んでいるのが判った。そのまま、玄関の扉を開けるとガレスは外の人物と二、三話をして、幾つかの箱を玄関内に入れさせると何かを渡して、外の人物が帰ったのを確認すると後ろ手に扉を閉めた。そのまま、ガレスは少し照れた顔でリオネスが隠れている方に視線を向けた。
「…バレた?」
「部屋から出た時から。そんな所で、そんな格好でいると風邪を引きますよ。Missディキアラ?」
「…リオネスでいいわ。それより…。」
リオネスは、わざとむくれたような表情で受け答えながら視線で無言の質問を行った。
「これ?あなたが風邪を引かずに、外で大手を振って歩く為に必要な衣服です。」
そう答えると、ガレスは先程玄関に置かれた箱を担ぎ上げて奥のほうに行こうとした。慌ててついて行くリオネス。
「…ちょ、ちょっと。」
「服のお代は払っていただく気は無いよ。必要経費で処理できるから。」
「そうじゃなくて!」
「?」
「あたしの着替える場所は何処よ?」
「さっきまで寝ていた部屋を使ってください。」
ガレスは淡々と受け答えながら、さっきまでリオネスが寝ていた部屋の扉を開けて、箱とはさみを置くと早足で部屋を出て行った。
「…変な奴…。まあいいか、ロハで服が手に入ったんだから。」
ガレスの反応を訝しがりながらも、リオネスは箱を開けて内容物の確認を始めた。
「…すいません、出るのに遅れて。」
リオネスの部屋から出たガレスは、携帯端末に入ってきた電話の相手―馴染の闇ブローカー―に頭を下げた。
『珍しいな、時間や電話にうるさいお前さんが人を10コールも待たせるのは。』
「来客で取り込んでいまして。」
『…まあいい。とりあえず、頼まれた物は作っといた。受け渡しはいつもの方法でいいか?』
「構いません。代金の支払いもいつもの方法でよろしいですか?」
『それで頼む。…にしても自分以外のID―しかもニューマンの女―を手配するとは、ヤバいヤマにぶち当たったのか、それとも…くくくく、お前さんも色気づいたか…。』
「生憎、愛玩用にニューマンを造って飼える程の経済的余裕はありませんので。」
『そりゃそうだ。ハンターズなんてヤクザなバイトをしているお前さんにそんな経済余力なんて無いよな。
…そんな、勤労少年に俺からのプレゼントだ。』
「プレゼント?」
『お前さん、この間から"アナザドライブ"について調べてたろう。それについていい情報を教えてやろうと思ってな。』
「…耳が早いですね。で、いくらですか?」
『…プレゼントだからロハだ。同じように調べているハンターがいる。』
「同業者で?」
『ああ、一人はウチに出入りしているレイマーだが、その連れは見た事の無いヒューキャストだ。』
「依頼人とか、何か言ってましたか!?」
『…"仕事内容については、聞くは無作法、語るは無礼"てのがお前さん達ハンターズの流儀じゃなかったのか?…まあ、名前屋仕事内容は教えられないが画像は送ってやるよ。じゃあな。』
回線が切断されたのを確認するとガレスは端末を片付けて自室に急いだ。
リオネスは膝下まであるブーツに足を通すと、立ち上がって、部屋に置かれた姿見に写った自分を見た。
「…思ったよりセンスあるじゃない、あいつ。」
ライムグリーンのビスチェとインディゴブルーのカットジーンズ、ビスチェと同色のブーツとベージュのアンダーウェアは、測った様にリオネスのサイズにあっており、カラーコーディネートも奇抜ではなく落ち着いた物であった。
もっとも、ビスチェの要所にはセラミックプレートが埋め込まれ、使用されている繊維も防弾ジャケットに使用されるケプラー繊維が用いられており、ズボンはジーンズ地だが装備を携帯する為の幾つかのポケットやスロットが取り付けられて、ブーツもよく見れば要所はセラミックプレートで補強され、底地にはアルミプレート含めた複合素材が使われている、実用本位―というよりも寧ろ戦闘用とも言える―の品揃えであった。
姿身の前でポーズをいくつか取って違和感が無いのを確認していると、部屋をノックする音がした。
ファイティングポーズを解き扉の方を見る。扉は開かない。
「…何?」
「着替え、終わった?」
声の主―ガレスの口調こそ、さっきまでの物と変わってなかったが、何かそわそわした感じがする。
「…一応は終わったけど?」
扉の向こうから、安堵の溜息が聞こえる。
「なら、ちょうどよかった。すぐにここを出る。」
「へ?」
ガレスの突飛な発言に少し面食らうリオネス。
「…知人からのタレ込みで、腕利きのハンターがあなたを探している。」
そう言うとガレスは扉を開けた。
服装はさっきまでのコットンパンツとシャツではなくフォースとしての正装に着替え、片手に大きなトランクを持っていた。
「ちょ、ちょっと。」
「…急がないと、殺される。」
リオネスの抗議を無視して、ガレスはリオネスの腕を掴むと駆け出した。
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