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ファイル3:変革/Trans








「お邪魔しまーす」

(うわぁ……女の子の部屋だ)

一面ピンクの部屋に僕はいた。
みづきさんの家もピンクだったが、こちらの枯葉さんの家は可愛らしさを前面に押し出している。
クッションの形までハート型なのだ。
男子としては妙に入りづらい。

しかし、そういったことを気にしない男もいる。先輩こと赤虎はピンク色のベッドの中央で跳ねていた。

「すっげえ! このベッドふかふかだぜ!」

「これ、先輩! そんなことすると埃が飛ぶじゃろう!」

注意しているのはつくねである。実はつくねの方が赤虎よりアークス候補生になるのが早かった。
なので僕と同じく赤虎よりつくねのほうが先輩なのだが、つくねは赤虎を先輩と呼ぶようになっている。

「お茶菓子は紅茶とショートケーキでいいですか?」

「あたいこさん、あたしお酒欲しいわ」

「マコちゃんお酒のむのー? じゃあショートケーキじゃなくてフルーツタルトにしよう!」

家主の枯葉さんが食器を用意してくれている中、僕たちはハート型クッションの上に座る。
マコちゃんというのはチャコさんのことだ。
僕は由来を知らないが、チャコさんが自分の名前を書くとスペルがどう見てもマコに見えてしまうことから来ていると睨んでいる。

お酒とフルーツタルトの相性はびっくりするほどいい。
特に、ナウラ印のフルーツタルトは香りつけにブランデーが使用されている。
サクッとしたタルトの上に濃厚なカスタードクリーム。
色とりどりのフルーツをこれでもかと散りばめ、一口食べるごとに違う味わいを魅せる。
紅茶で食べてもよし、お酒で食べてもよしの逸品である。

今、枯葉さん宅にいるのは家主の枯葉さんを含め6人。

僕、枯葉さん、チャコさん、赤虎、つくね、オタさん。

枯葉さんは7枚の皿を用意し、2枚を僕の前に置いた。
小さなお皿の上にはタルトが乗っかっていた。

「……?」

「片方はゼンチちゃんの分です!」

マグは雑食なのでなんでも食べれる。
しかし、餌が何かによって育ち方が変わってしまう為に普通は他人のマグの餌を用意したりはしない。
そこらへんゼンチは餌が何であろうと育成に関与しないのでこうしたことができる。

「ありがとう。ゼンチもお礼言いなよ」

「フ。本来なら僕にゼンチと名付けた張本人にこんなことを言うのは甚だ心外だが、いいだろう。ありがたく頂くことにしよう」

「ゼンチちゃんかわいー!」

「ええい、僕を可愛いとか言うんじゃない!」

素直じゃない奴だ。枯葉さんにツッコミを入れた後、夢中でフルーツタルトを食べ始めているあたり愛嬌はある。


「ほへー。なんつーか、ゼンチって随分変わったな」

オタさんが感心している。無理もない。これがあのルーサーとは思えないだろう。

この場にいるのはモノリスに触れ、さらにゼンチの存在を知っている、という二つの条件を満たしている面子だ。
イベントクロニクルで情報だけはチームメンバー全員が把握できるようになったが、気持ちの面で直接記憶に焼き込まれるのとホログラム画面で閲覧するのではまるで異なる。
ルーサーのコピーであるゼンチに、皆が敵愾心を抱くことは充分ありえるのだがどうやら意外とそうでもないらしい。

「ルーサーは元からイラッとくる奴だったけど、なんか憎めない奴だったしね」

とはチャコさんの言。言いえて妙である。イラッとしても憎めないというのは絶妙のさじ加減だ。

「ゼンチはルーサーのコピーなんじゃろ? 片方は支配層で片方が囚人で、十年以上も経過しておれば変わるものじゃ」

「罪を憎んで人を憎まず! オリジナルは自業自得な死に方してるからもう罪もなんもないっしょ。ゼンチはゼンチだし」

つくねと赤虎がさらにフォローを重ねる。
このように、ここにいる皆はゼンチに関して何も思うところはない。
焼き込まれた記憶の中で、自分にさほど被害が出ていないのも大きいのだろう。

「そういえば、チャコさん。この面子集めたってことはゼンチ関連?」

「んー、クーナちゃん関連で腹割って話そうと思ったらこうなった感じ」

本題に踏み切る。
チャコさんが話を続けた。すでに片手に水割りが用意されている。

「クーナちゃんに3人で面会したけど、ありゃあ燃え尽き症候群だわ」

「燃え尽き症候群?」

チャコさんは漢らしく水割りをあおり、頷いた。


 

 

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