1st Chapter. 生を謳歌する者、死を見つめる者
Cross Point








それから、更に3日。
自ら希望してデリート部隊に参加した僕は、惑星パルムの首都、ホルテス・シティ中央地区のとある超高層ビルの屋上から、眼下に広がる街並みを狙撃銃のスコープの中から見下ろしていた。
ここ数日情報収集する内に、アイツの事は徐々に分かってきていた。
年齢20歳、家族は5人、ガーディアンズ機動警備部3課4班班長。年齢にしてはやや早めの昇進だろうか。
対象以外もまとめて一族皆殺しにすれば、という意見もあったが、ハーヅウェル家の家長、その妻、そして長男長女はヒューマンだった事、長男長女も重要なポストに就いている事、更に有能だった事もあり、その案は早々に却下されてしまった。

(……)

ニューマンだからと冷遇されながらも、僕は物心ついた頃からこの組織で生き続けてきた。どんなに虐げられても、生きる事だけは諦めずに。
一人で居る事の辛さ。努力を認められない苦しみ。
それをアイツにも味あわせたかったが……"組織"の指令は絶対だ。背けば、消されるだけ。

(……今更、何を考えてる)

そう、今更だ。
僕は"組織"の構成部品。部品が機能を果たさなくなれば当然交換され、古いパーツは処分される。分かりきった事だ。
だからこそ、僕は居場所を大切にする。それこそが、僕の存在意義なのだから。

(……っ)

なんだろう、また胸の辺りがモヤモヤする。
しっかりしろ、ティル・ベルクラント。こんな事で全てを台無しにするつもりか。
根元を絶ち、僕が僕らしくある為に。僕はじっとその時を待った。
そして、1時間も待った頃だろうか。風も無く、空気も澄んでいて、狙撃には絶好の状態で、その通信が僕の耳に届いた。

『――目標接近中。そろそろそちらの視界に捕らえられるはずだ』

唐突に骨振動型イヤフォンが震え、"店長"の声が頭に響きアイツの接近を知らせた。
スコープを覗いている自分の右眼へ意識を集中すると同時、数km先の風景がぐっと近づき、視界が狭まる。
これが、僕がここに居られる数少ない理由の一つだった。
視力、神経速度、筋力、体力……それらを強化されたニューマンのプロトタイプ――それが僕だと聞いている。
キャストですら支援を必要とする距離を、単独で狙撃できる。その身体特徴があったからこそ、僕はまだここに居られるのだ。

(……!)

事前の情報と違う。アイツは一人ではなかった。
買い物へ行くのだろうか。長身のヒューマンの男と並んで、アイツは微笑んで歩いていた。

(……)

なんだろう。
何故、こんなに胸の辺りが苦しいのだろう。
――同じ顔の人間が、楽しそうにしているから?
違う。
――自分も、あのように笑顔を浮かべて歩きたかったから?
違う……。
――ほんとうに…?

「くぅっ……」

頭を振って、持ってきていた狙撃用フォトンスマートライフルを構えなおし。
トリガーに指を掛ける……が、指の震えは収まらない。
何故か、普段の静かな湖面のようなイメージができない。
小波が様々な波紋となり、ノイズがノイズを呼び――胸の鼓動が激しくなり、苦しくなる。
指が震えるが、無視して強引に震える人差し指に力を込める――。

(消えろ……僕の前から……)

そればかりを考え、アイツの頭を狙って引金を引き絞ろうとした、次の瞬間。

(……?!)

引き絞る直前で、目標が連れの手を引き遮蔽物へ走り出した。あいつがいる所からここは3q以上離れているというのに、なんて勘の鋭い奴!!
当然、弾丸は命中せず、暗殺は失敗に終わった。

『――作戦中止。帰投しろ』

唐突に響く、"店長"の中止の声。

「しかし、出来る限り速やかにデリートしろとの命令が――」
『連れの男はガーディアンズの会計を担う重要な人材だ。ここで巻き込んでは、後々の計画に支障が出る。
 ……む、ガーディアンズネットワークにも情報が流れたか、えらく手配が早い。まぁいい、期を改める。帰投しろ』
「……ッ、了解」

僕は荒い呼気のまま、視界を戻した。
指の震えは、いつしか身体の戦慄きへと広がっていた。
起き上がり、両腕で身体をかき抱いても、震えは止まらない。寧ろ酷くなるばかりで……一瞬で、身体が冷えきったかの様だった。

(……ッ)

突然、叫び出したい衝動に駆られる。
言葉に出来ない、業火に身を焼かれるかのような想い――。
わけの分からない激情と同時に、僕はひどく動揺している自分に気が付いた。
誰かに対して心動かすんて、今までそんな感情は持ち合わせていなかったはずなのに。
僕は……今まで機械のように生きてきた。
そのように生きざるを得なかったから。
なのに、アイツは。
僕と同じ顔の、アイツは……。

(僕がこんなにも苦しんできたのに……アイツは、アイツは……っ!)

許せない。
許さない。

(……っ)


こんな事は初めてだった。自分が制御できない。
視界がぼやけ、頭の芯が熱くなる。わけが分からなかった。ぎり、と奥歯を噛みしめて吹き出しそうな何かに耐えて。

「ユニットタンゴ、帰投します」

震える声で、それだけ返すのが精一杯だった。




 







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