昼を少し過ぎたあたりの"Lunatic"。
材料の仕入れや料理の仕込みが終わり、一息ついたところで"店長"は僕に声を掛けてきた。
いつもの通り僕はバーカウンターに座り、"店長"はバーテンダーとしての位置に立って面を向き合う。
それが、ここでの"店長"との「仕事」の話し方だった。
「……例の奴さん、よりによってクライズ・シティ内勤に切り替えやがったらしいな」
実際、先日の暗殺指示 から1週間が経過している。
そろそろ他班からは徐々に暗殺成功の連絡が入りつつあるが、僕の班では当然成果が上がっていなかった。
それどころか、標的は自組織のコロニーに逃げ込んでしまったという。
言いながら、手元のホログラム画面に視線を落とした店長の苦虫を噛み潰したような表情に、僕は小さく頷きながら内心では嬉しくも思っていた。
――そうでなければ、面白くない、と。
(……勘が鋭い奴だとは思っていたが、まさかここまでとはね)
暗い哂いを抑えられないのは、何故だろう?
"店長"がこちらに視線を向けた事に気づき、気を引き締め質問する。
「――情報が漏れている可能性は?」
「可能性は無くはないが……低いだろうな。
それに、コロニー内部での"消去"はレベル高めだ。こっちからは暫く様子を見ると報告したが、上からのお達しとしては以前と同じ、手段を選ばずに可及的速やかにとの事だ。……お前、まだやる積もりか?」
「はい、"店長"。
狙撃が使えないなら、他の手を考えるまでです」
"店長"の言葉に、僕は即答する。
そう、何も狙撃だけじゃない。
毒殺、絞殺、溺死……コロニー内部にだって使える場所は多々ある。それに僕は、幸か不幸か瞬間的にではあるが常人の有に数倍の筋力を出せる。
やりようは、いくらでもあるのだ。
「……とりあえず、今日から"削除"場所の選定だ。もしチャンスがあれば連絡しろ、サポートしてやる。
ただ、分かっているとは思うがクライス・シティはガーディアンズコロニーのど真ん中だ。こないだの崩落事故のせいで現在大半の警備システムがダウンしてるとはいえ、復旧工事がそこかしこで行われてる。おまけにどこまでシステムが復旧しているか情報が錯綜してやがる。
奴らも警戒してるだろうし、用心しろよ」
「はい」
「それともう一つ……お前、身体の方は大丈夫か?」
「えっ……」
まさか……既に気づかれているとは思っておらず、間抜けた返答をしてしまう。
「俺の目はごまかせんぞ。こないだの狙撃の後以後か?時折右手指先が痙攣してんだろ」
「……!」
思わず、右手を左手でぎゅっと握る。
僕の様子に、"店長"は苦笑いして煙草を噴かした。
「別に、責めてるわけじゃあねぇ。それに、お前がやると言ったんだ、俺はそれに反対するわけじゃねぇよ。
ただ、事に当たるときゃ、体調は完全にしとけと昔から言ってたよな?」
「……はい」
「ほれ」
激しく叱責されるかと思わず身構えていたら、ぶっきらぼうに髪を手渡された。
殴り書きされている文字を読み取るに、パルムの中心街から離れたところにある住所のようだが……?
「……これは?」
「俺も時たま世話になってる、その筋じゃ有名な裏医者だ。裏な癖して腕はいいわ料金も然程取らんわで良心的だと結構話題になってたんだが、それだけに藪医者周りから疎まれててな」
なんとなく、分かってきた。
「その対抗勢力を、叩き潰せ、と?」
「阿呆、叩き潰すてヤクザ同士の闘争かよオイ。
どうも周囲の藪医者共が雇ったならず者が、そいつの営業妨害しくさってるらしくてな。お前は腕の治療ついでに、俺らの関与を臭わせずにそいつ等伸して脅してこい。二度と近づくな、ってな」
一瞬、ぽかん、としてしまう。
それは、"組織"に関係があるのか?それに――
「……何故、僕が」
「あぁ?最近お前、見るからにストレス溜めまくりじゃねーか、気楽な任務でストレス解消に行ってこいって言ってんだよ」
「ストレス、解消……ですか?」
ストレス、など感じてはいない。
そう続けようと思ったのだが、"店長"は深いため息を吐いて僕を見る。
「おいおい……自分がストレス感じてるって事を認識できてねぇのは相当重傷だなぁ。
……ま、これは俺からの個人的な依頼でもある。治療ついでに頼まれてくれんか?」
「"店長"が、そこまで言うなら……」
僕はしぶしぶ頷き、思いもしないミッションをこなす事になってしまったのだった。