2nd Chapter. 偽と、真
Cross Point




 


ビーストの女に聞いた場所を辿って該当の地区へと赴くと、建物の扉の前に如何にもな男共がたむろしていた。
ニューマン2人とヒューマン3人、そして大柄なビーストが1人の合計6人――他に気配はなし、か。随分とずさんだが……まぁ、そんなものかもしれない。

(ビーストにナノブラストされると、少し面倒だな……)

そんな風に思いつつ無警戒を装って彼らの前に進むと、早速相手から絡んできた。

「あん?姉ちゃん見ない顔だな?
 大方、あの医者もどきに泣きつかれて俺らを排除しに来たんだろ?」
(ふぅん……?)

全く教育のなっていないチンピラだが――体格の解らないこの格好で見抜いたという事は、
それなりに場数は踏んでいるのだろうか?

「よく見りゃなかなかの美人じゃねぇの。どーよ職員さん、仕事はちょっと置いといて俺らとちょーっと付きあわね?」
「断る……お前等に付き合う程、僕は暇じゃない。道を開けろ」
「かーっこいぃ〜。でも幾ら美人でも、ここは通せねえなぁ?」

何がおかしいのか、一斉にゲラゲラと下卑た笑い声を挙げるチンピラ共。
どうやら身のこなしではなく、勘違いがたまたま真実を掠めただけらしい。

(……警戒するだけ無駄なようだな)

それならば、これ以上茶番に付き合う義理も無い。

「いいじゃねーのよぉ、一緒にイイとこ行こうぜ?」

ぐ、とビーストの男が丸太のような腕でこちらの肩を掴んでくる。言う事を聞かなければ力付くで、という事だろうか。

(……相手の実力も見抜けないとは、余程痛い目に遭った事がないのか?)

確かに僕は外見は普通だし、鍛えているとはいえ対峙しているビースト男性に比べれば、大人と子供位の体格差がある。相手には汲み易し、と映ったのかも知れない。

(……いいだろう。せめてトレーニング代わりにはなってくれよ?)

薄ら笑みすら浮かべて、僕は一言言い放つ。

「断る、と……言ったはずだ!」

掴んできた腕をこちらから素早く両手で掴み、その場で背負い投げる。そもそも投げ技は体格より体裁きと瞬発力が物をいう。

「ぐおっ!?」

投げられるまま受け身も取れずに無様に転がり、息を詰めた男の右肩を、そのまま容赦なく関節技で締め上げる。

「いででででで!こいつ何しやが――」

威勢が良いのもそこまでだった。

「ぎゃああぁぁああぁっ、いてえ、いてえよおおお!?」

鈍い音が聞こえると同時、途端に悲鳴を挙げて喚き出すビーストの男。
ふん……たかが脱臼したくらいで何を大袈裟な。

「このアマッ……!」
「……ふん、誘ってきたのは君達の方だろう?」

色めき立ち、懐からナイフを取り出す男達。
だが、正直どいつもこいつも体裁きは全くなっちゃいない。武器も立派な体格も、正しい使い方を心得ていなければ無用の長物だ。

(これじゃ対人のトレーニングにもならないな……)

薄暗さと相手がならず者だったのが幸いしてあまり騒ぎにはなっていないようだったが、ここで殺すには後の処理が面倒だし、通報されると更に厄介だ。
かといって、相手の無力化を狙うのも案外気を使う。
僕が生きるのは、殺るか殺られるか――全力を出し切らなければ、明日さえ拝めない世界。
それに比べてのチンピラ共のヌルさが、あいつの……エミーナ・ハーヅウェルの事を連想させ、余計に胸の中のモヤモヤが大きくなる。

(……"店長"が言っていたのは、これの事か)

胸の底に蟠る淀み。思い通りにならず、煮えたぎる物。
心身への負担となる物。イメージの中の細波の一つ。
ストレスを感じる自分という存在が、こうまで扱いにくいとは思ってもみなかった。

(僕も、まだまだ未熟という事か……)

しかし、考えながらも身体は動く。

「死ねぇッ!」

とナイフを突き出して突っ込んできた男のがら空きの腹に右の拳を叩き込み、身体がくの字に折れ曲がった所を、

「フッ!!」

鋭く吐いた呼気と共に追撃で側頭部に膝蹴りをお見舞いした。それだけでナイフ男は白目を剥き、仰向けに倒れて動かなくなる……口ほどにもない。

「……さて。次は誰が来るんだ?」
「お、お前……何者だ……?!」
「と……そうだ、お前等に伝える用件があるんだったな」

残ったチンピラ共を一瞥して、僕は"店長"の言葉を伝える。

「失せろ……二度とここに近づくな。今度会ったら――分かってるな?」

安っぽい脅し文句。
だが、その一言に一斉に真っ青になったチンピラ共は、気を失った連れを引きずりつつ一目散に逃げていった。

(……はぁ)

また独りになり、ぽんぽんと手を払ってため息を吐く。
これで暫くは寄りつかないだろうが、報復は考えなくても良いのだろうか?

(……いや、僕には関係無い話だ)

それが必要かどうか、判断するのは上の仕事。"部品"はただ指示通りに動き、目標を捉え、壊すだけ……そう、僕には関係無いし、気にする必要もない。そもそも、僕がこんな事……。

(何をやってるんだろうな、ここで)

自分自身がふと解らなくなる。
工作員は目立たず、静かに、速やかに任務を遂行しなければならないのに。

(逆に自分の居場所を目立たせてどうする……これじゃ馬鹿みたいだ)

この"モヤモヤ"の原因は――分かっている。解決策も――分かっているはず。
こんなに悩むなんてどうかしている。さっさとシュートしてしまえ、と理性は告げていても。
僕の体は……それをことごとく拒否してくる。

「……」

幼い頃から死ぬような思いで必死に生きて、やっと掴み取った今の立場。

(僕から「今」を奪われたら、何も残らない。何も、残せない……)

僕が今まで生きてきた時間も。今までの苦痛も。
全てが無意味になってしまう。僕が存在した証が、全て無くなってしまう。

(それは、嫌だ)

いつの間にか潤んだ視界で星が瞬き始めた空を見上げ、自嘲気味に笑ったその瞬間。

「貴方が、追い払ってくれたの?」
「……っ?!」

いつの間にか深く思考していたのか、背後からヒトの気配がした。

(もう一人いたのか?)

自分の不用心さに内心舌打ちして振り返ると……南方系と思われる浅黒い肌に銀髪な小柄な20歳前後のニューマンの女性が、壁に寄りかかってこちらへと語りかけてきていた。

「……今の奴らの、仲間か?」

念の為隙を伺いながら問いかけると、女は鼻を鳴らしてため息を吐いた。

「ンなわけないでしょ。大体こっちはずっと店の前にたむろされるんでメーワク掛けられてたんだっての!むしろせいせいしたわよ〜。
 で、こんなところに来たって事は何かワケありね?」

「……人を、探してる」









|