「……いやぁ、驚いたわよ。まさかアタシの事を探してただなんて」
僕を建物の中、診察室に通して苦笑いした女は、自身をシンクと名乗った。
「それはこちらの台詞だ。医者が若い女だなんて聞いていない」
"店長"も通っている位の裏稼業の医者と聞いていたので、もっと年輩の男かと思っていたのだが……。
奥に通され、事情を聞いて唖然とした。まさか、こんなに若くてしかも女だとは……何か、"店長"に対して釈然としない物を感じるのは何故だろう?
「あ、若いからって信用してないわね?これでもこの界隈じゃ名医って有名なのよ?」
そういえば、さっきの娼婦もそんな事を言っていたな。
「ま、無資格だけどね……」
医療器具をパレット上に手際よく用意しつつ、女は口を尖らせつつ言う。
まるで子供のような言動だが――確かに手際もスジもいい様だ。
確かに忘れ去られた区画だからこそ、モグリでもやっていけるのだろう。
「久しぶりの生身の患者ね〜……ウフフ」
「……」
何も聞かなかったことにしておこう。
「さて。今日はどんな症状で……っ」
僕に椅子を勧め、目の前の丸椅子に腰掛けた女はこちらを見て若干驚いたような表情になった。
「何か?」
「ぁ……いや、なんでもないわ。症状を聞きましょうか?」
自分の身分を隠しつつ、症状を話す。
緊張時の指先の震え、身体の硬直。突然の偏頭痛etc……。
一通り話し終わったところで、女はふーむ、と唸る。
「とりあえず、血液検査とCTスキャンしてみましょうか?」
「そんなものまであるのか?」
「モグリだからって設備の何にもない藪だと思ったら大間違いよ?
うちは生物無機物問わず診る総合科。診察料ふんだくろうなんて考えてないから安心なさい!」
そう言われて約1時間。
一通りの検査を終わり診察室に戻ってきた僕に、女は眉根をひそめて端末画面とにらめっこしていた。
「……何か、あったのか?」
「あぁ、おかえり。
その逆よ、あなたの身体には特に異常は認められないわね……一点言えるとすれば」
言い掛け、若干顔をしかめて言いごもる。
気にするな、と話を促すと、医者は言い辛そうに原因を語った。
「特定の成分の濃度がちと高いわね……何か定期的に摂取してる薬とかある?」
「頭痛止めを」
「……ふむ。
それ、あまりたくさん摂取しないほうがいいかもしれないわ。脅かすつもりもないけど、その薬物って麻薬の一種でね。記憶の断片化とかが起こるかもしれない」
記憶の断片化……?
務めて明るく言っているようではあるが、 内容はかなり危険なことだ。
「いや、身に覚えはないが」
「ま、あくまで可能性の一つでね。危険域ではないけど、注意しといた方がいいかな」
実は、そうでもない。
確かに胸元のピルケースを渡されたとき、そんな説明があったはずだ。
血液中の成分濃度でそこまで判断してくるということは……こいつも、"組織"にとっては要注意人物の一人なのかもしれない。
でも――。
「何故、そこまで心配する?」
「ん?」
「これも診察の一環なのか?」
つい、僕は聞いてしまっていた。
なんの関係もない僕に、身分を隠している僕に。
何故そこまで親身になれるのだろうか、と。
「……アタシは医者だから。
患者さんの不安を取り除いて、元気にしてあげるのがアタシの役目。
だから――そうね、診察の一環と言ってしまえばそれまでだけど。
それに病は気から、って古き言葉もあるくらいだし。身体とココロのバランスを調節するってのは大事な事だし、大切な事なのよ?」
「それなら――、知識があるなら、資格を取得して新市街にでも行けば――」
つい呟いてしまった言葉に、女は複雑な表情をその顔に一瞬浮かべ、また苦笑した。
「そりゃ考えたわよ?……でも、アタシがやりたい事はそうじゃないなぁって思っちゃって」
「やりたい、事?」
「ここに居る人達は、過去に何かしら傷を負った人達が多いわ。物理的な傷、精神的な傷、色々ね。
確かに、知識さえあればヒューマンでもニューマンでもビーストでもキャストでも体機能や命は救える……でも、それじゃ心のケアまで手が回らないでしょ?」
「それは……つまり、システム全体の保全という事か?」
「随分機械的な例えするのね……でも、そう考えてもらっていいかも」
構造上の潜在的な問題はハッキリした形で見えるものではないし、原因もそれぞれだ。例えば金属疲労、例えば応力の負荷。しかし、機能が正常な時期からそんな物一つ一つに掛かりきりになっていては無駄が多い。
だから、何れ破損するのが解っている所を常にではなく定期的に検査し、更にプログラムで補正しつつ運用する。
ヒトも機械も、構成される素材の違いがあるだけで、手間が掛かる面ではそれ程差はないという事か。
「心は、身体というユニークなハードウェアを動かす為のソフトウェア。しかもその時々で仕様が異なる、複雑怪奇で気まぐれなプログラムみたいなものよ。
ハードとソフト、両方フォローしてこそ本当の医者だと思うし、少なくともそれが出来るようになるまでは、アタシはここに居るつもりよ」
そう言いきって、年若い女の裏医者は微笑んだ。