代金を支払い、逃げるように出口へと飛び出し。
闇雲に走って、歩いて。やがて、自分が新市街――ホルテス・シティ西エリアに到着したところで我に返った。
(……?)
どこをどう通ったのか、記憶に無い。
それほどあの女が言った事に動揺していたというのか、この僕が?
頭を振り、思考を振り払う。
(だから、どうした?……僕には関係がない)
そう思って無理やり押さえ込まねば、僕が僕でなくなりそうだった。
――僕は"部品"のひとつ。部品が知性を持ったところでものの役にも立たないし、不確かな希望など持って下手に行動を起こせば間違いなく今度はこちらが消される側になるだけだ。
今まで、それが普通だと思っていたのに。何故、僕はここまで動揺しているんだろう?
(……こんな状況じゃ、"店長"や490に会った途端報告を求められそうだな)
時計を見れば、"Lunatic"の開店時間までまだ暫しの時間があった。
とにかく気を落ち着けてから帰還しようと、西エリアのGRM本社近くにオープンカフェテラスがあった事を思い出した僕は、壁際の席を確保してレモンティを注文し、飲み物が届くまでの間暫し店舗が並ぶ街並みを眺める。
時刻は夕暮れを過ぎた頃、軒を連ねた店舗には残らず照明が灯り、活況を呈していた。
帰宅を急ぐ者、ウィンドウショッピングを楽しむ者、社員章を胸に着けたGRM社員、A.M.F.の軍人達、そして――。
その中に何気ない顔で混じる"イルミナス"工作員。
何も、ここパルムの中だけの話ではない。ガーディアンズ本部のあるクライズ・シティを初めとしてモトゥブのローグス連中や、閉鎖的といわれるニューディズの教団内にすら協力者はいる。実質、この世界の1/3は直接、もしくは間接的に"イルミナス"に関係があるといってもいい。
(これだけのバックアップがあるなら、一人の命を奪うことぐらい容易いはずだ。それが、何を恐れる?)
自分の右手をじっと見つめながら自問自答しても、答えは出そうに無かった。
「お待たせいたしました、レモンティになります」
「……ありがとう」
冷えたグラスを手に取り、口を付けるが――なんとなく、違和感を感じた。
(……くそ、嗅覚と味覚が麻痺してきてるのか)
そう、レモンの香りを感じ取れなかったのだ。
偏頭痛が多発しているせいで薬品を多量摂取しているせいか、例の薬品の副作用が出てきている。
(ふん。"部品"には飲食を楽しむ余裕も、資格もない、って事か)
味気の無いレモンティーを喉に流し込み、どこと無く釈然としないまま、僕は席を立ったのだった。