■Sync Side.
ティル・ベルクラントと名乗った女性患者の顔を見た時、あたしは思わず声が出そうになった。
――一目見た瞬間姉妹だと思った。それほどまでに彼女は、エミーナと瓜二つだったのだ。
似てるとかいうレベルじゃなくて、髪の色と、瞳の色と――目の前の彼女が持つ鋭利な冷たさを除けば、本物と見分けがつかないくらいに。
「何か?」
「ぁ……いや、なんでもないわ。症状を聞きましょうか?」
訝しげに声を掛けられて慌てて取り繕いつつ、あたしは診察を開始し……。
目の前の相手が、"危険な人間"である事に気がついたのは、精密検査が終わった後だった。
(……なんで、こんなの使ってるの……?!)
身体的には、彼女の身体は健康そのものだった。
問題があったのは……血中に含まれていた、とある薬品。
それは依存性の高い鎮痛薬――いや、副作用の幻覚のせいで麻薬としての扱いの方がここらでは通りがいい。ただ、この薬品は早々に発売が打ち切られて流通も殆どしていないせいで、スラム街で広まっているのは大抵純度の低い粗製濫造な代物か、完全な偽者ばかり。どっちにしろ、実際の医療用としては使えないものなのだ。
それを、『薬品として』使っている、と。
「……何か、あったのか?」
機器による精密検査が終わって戻ってきた彼女に真実を問うべきか一瞬迷い、ごくり、と唾を飲み込んだ。
「あぁ、おかえり。
その逆よ、あなたの身体には特に異常は認められないわね……一点言えるとすれば」
彼女のバックは、相当大きなところが付いてる。
それに。
(……聞くは無礼、語るは無作法、だっけね)
スラム街の不文律を破れば、いずれそれは破った者の身に火の粉が降りかかる事になる。
興味はあっても、命を危険に晒してまでリスクを犯す理由は今のところあたしには全くない。
「特定の成分の濃度がちと高いわね……何か定期的に摂取してる薬とかある?」
「頭痛止めを」
「……ふむ。
それ、あまりたくさん摂取しないほうがいいかもしれないわ。脅かすつもりもないけど、その薬物って麻薬みたいなものでね。記憶の断片化とかが起こるかもしれない」
「いや、身に覚えはないが」
「ま、あくまで可能性の一つでね。危険域ではないけど、注意しといた方がいいかな」
ホントは危険域ギリギリで……今すぐやめろと言いたかったのだけど、あたしにはこれが精一杯。
(……とはいえ、コレじゃ遠まわしにあんたのバックは危険だ、って言ってる様なものよねぇ)
どうか彼女がこのあたりのヤク事情に詳しくありませんように、と内心祈りながらつい、内心でため息を吐く。
お人好しと正直者は寿命を縮めると言うけれど、案外本当かも知れないわね……。
「何故、そこまで心配する?」
「ん?」
「これも診察の一環なのか?」
「……アタシは医者だから。
患者さんの不安を取り除いて、元気にしてあげるのがアタシの役目。
だから――そうね、診察の一環と言ってしまえばそれまでだけど。
それに病は気から、って古き言葉もあるくらいだし。身体とココロのバランスを調節するってのは大事な事だし、大切な事なのよ?」
エミーナの困惑した声にそっくりな、その声は。
「それなら――、知識があるなら、資格を取得して新市街にでも行けば――」
あたしの心を、そうしてストレートに抉ってきたのだった。