「……戻りました」
「お、我らが姫様のご到着か〜」
「お邪魔してるぜぇ〜」
「遅ぇぞティル。とっとと準備しろぃ!!」
「は、はい!」
荒みかかった内心をなんとか落ち着けて"Lunatic"へと帰還したのは、結局開店時間を少々オーバーした後だった。
叱責されると恐る恐る店内へ入った僕を待ち構えていたのは――ニッと笑う数人の店なじみの酔っ払いと、煙草と安物の酒の匂い。
そして、怒りよりも苦笑を浮かべて紫煙をくゆらす"店長"の姿だった。
「申し訳ありません、"店長"」
「まぁ今回はとやかく言わん。酔っ払い共にそのつまみを出してやれ」
「……はい」
性格から愛想を振りまくなんて事は出来ないが…僕は常連のこいつらの事は嫌いではなかった。
"店長"が用意したアーモンドを煎ったものを出してやりながら、僕は一言言ってやる。
「酔うのはいいが、酔い潰れるなよ?見ての通りこの店は狭い。余計な席の用意はないからな」
……別に、心配してるわけじゃない。本当に邪魔だからだ。
酔っ払いの扱いというのは、正直面倒くさいし。
「へいへい、姫様の願いとあっちゃ、守らねーとな?」
そんな僕を知ってか知らずか、ジョッキ片手に苦笑するビーストのひげ親父。
いつもの返しに、僕は一つため息をついて訂正する。
「……僕は姫なんかじゃない、ただのウェイトレスだ」
「こんな男ばっかりの酒場の唯一の華なんだ、好きに呼ばせてくれよ〜」
「まぁまぁ、そこら辺にしてやれや」
「いや、テンチョー。
この際だから言わせてもらうけどな……そのツンデレ具合がいいんだろうがッ?!」
「うはっ、カミングアウトかよっ!?」
傍らに居たヒューマンの禿頭が吹き出し、酔っ払い連中が爆笑した。
よく分からない話題を肴に盛り上がり始めた酒席を背に、僕は一言"店長"に断って"Lunatic"の奥へと進む。
シャワーを浴び、さっぱりしたところで今後のことを考える。
恐らく今のままでは490に報告を上げられて……僕は立場を失くす。だったら、そうなる前に進むしかない。
(――アイツを、エミーナ・ハーヅウェルを何処かへ呼び出して、この手で消す)
でも、いざ目の前で対峙したとき、僕にそれが出来るかどうかはわからなかったし……。
(今のところ、指名で呼び出す理由がない、な……)
やはりコロニー内で人気の無い所へ誘い出し、仕留めるしかないだろうか。
であれば、さっき考えた方法で――
(いや。一旦"店長"に相談して、だな)
ひとつ内心で頷き、僕は服を着込んで厨房へと歩みを進めた。