帰還後、クライズシティ内の監視網を3D構造体に映し出し、自分で収集した情報と照らし合わせて経路や脱出路を検討してみたが――どの経路でもどこか1〜2ヵ所で通行不可能な場所にぶち当たった。
確かに"店長"が言うとおり、パルムへのコロニー崩落事故以後、ガーディアンズのガードは目に見えて硬くなっている。特に、過去諜報部も経験している"鴉の淑女"ケイ・コリンズが現在の総合調査部部長に就任してから、その速度は加速しているように見える。
(くっ……脇道や通気口、他にもまだあるはずだ……!)
「ティル、ちぃといいか?」
考え込んでいたボクの耳に扉をノックする音が聞こえ、その声にぎくりとする。
「ぁ、はぃ」
扉を開けると、そこには"店長"の姿。
「……なぁ、ティルよ。お前さん、いつまでこんなことを続けるつもりだ?
こないだも言ったが、俺はお前を止める気もねぇし、焦らせる気もねぇ。だが……」
「……」
"店長"もどう言えばいいのか、考えあぐねているようだった。
僕は、何も言い返せずにじっと"店長"の言葉を聞くしかなかった。
実際僕は、この1週間何も成果を出せていないし。本来なら、叱責や同僚から私刑を食らっても言い訳できない状況だったから。
だが、その後に続く言葉は僕には想像がつかないものだった。
「お前さんみたいな若い連中が……こんな裏稼業やってる理由はわからねぇけどな。
……若いなら、まだやり直せるんじゃねぇか?」
「やり……直す?」
下に向けていた視線を上げる。
「足洗えってこったよ。ここ暫く見てたが……お前さんは、この稼業には繊細すぎる」
「――!」
唐突な"店長"の言葉。僕は、すぐに言い返せなかった。
不要だと言い渡される事すらも覚悟していた。
していたが――実際に"店長"からそう言われるのは、正直、堪えた。
「でも、僕は今……」
「わぁってるよ。準備してるのはな……んじゃなんで辛そうな顔しやがるんだ?
そんな辛ぇんだったら止めちまえよ、こんな仕事」
まるで苦虫を噛み潰したような表情で、僕に押し殺した声でそう言い放った。
「そんな……。
僕は、辛くなんて――!」
僕は辛くなんてない。コレが普通だから。
今が生きるための全てだから。
なのに"店長"は僕が辛そうだと――心が弱いと、決めつける。
「前から思ってたんだ。
確かにお前は強ぇ。ダブルセイバーの扱いは一級品だし、狙撃の腕も超一流。おまけに爆破での攪乱も得意ときてる。だが、肝心の精神は仲間内の誰よりも繊細でデリケートときたもんだ」
「……」
「繊細なのが悪いとは言わんよ。狙撃なんて特に細けェ仕事も多いからな。しかしお前さんは、"デリート"をこなすにゃ向いてネェ。断言してやる」
「……でも、この生き方を僕に示してくれたのは貴方です、"店長"!!」
胸の中に生まれた強い衝動に突き動かされるように。
思わず言ってしまい、言ってしまってから、言い過ぎたと気づき、頭を下げる。
その一言は、僕自身どころか"店長"の立場すら危うくしかねなかったから。
「……申し訳、ありません」
「……あぁ、そうさな。
撃ち方、格闘術、爆薬の扱いその他諸々……教えたのは俺だよ。だがな……」
気だるげに懐から煙草の箱を取り出して一本くわえ、ガスライターで火を点ける。
ガスライター特有の匂いと共にたっぷり紫煙を吸い込み、そして天井へと吐き出した"店長"は、寂しそうに笑った。
「俺ぁ、お前が俺の配属になった時、何にも知らなかったお前に何とか俺なりに生きる為の術を与えようと思ってた。
ただでさえ"イルミナス"はヒューマン原理主義だ。お前さんみたいなニューマンやビーストにとっちゃ居心地悪い組織だしな、そんな所に拾われた以上せめて嫌な思いしないように、と思ったんだが」
「……?」
「お前さんは幸か不幸か、上に一目置かれる存在になっちまった、って事だ……チッ、余計な事まで思い出しちまった。まぁとりあえず、だ。
判ってるとは思うが"デリート"は相応のリスクが伴う。場所も、人も、な。
それを忘れてると、大切な物までいつの間にか献上する羽目になるぜ?」
「大切な……?」
大切な物……。この居場所や、皆のことだろうか?
「それは……嫌です。
"店長"も、そういう事があったのですか……?」
"店長"は咥えた煙草をふかして苦笑したようだった。
「最近ちぃとキナ臭くてな。俺は、二度とそんな思いは御免だ」
「……ッ!」
物言いにピンと来た。
恐らく、裏で"デリータ"が動き出している、と。
「悪いことはいわねぇ。
お前が、もし"生きる価値"をまだ失ってないのなら……」
「……"店長"は、"店長"はどうするんですか!?」
とっさにそう言い返していた。
組織の人間を逃がすなんて事をしたら、発覚すれば消され……!
「……若い頃"ヒューマン原理主義"なんて理想を掲げて入ってみたは良いものの、蓋を開けりゃぁ他種族はおろかヒューマン同士でさえ潰しあいばかり。
その内ハウザーみたいな急進派が台頭してきて、あろう事か世界を壊すだのと狂った事言い始めやがった。
望んだ末の理想ってのはこんなもんだったのかと――俺ぁな、急に白けちまったんだよ」
「……」
「そんな先の見えねぇクソみたいな組織に加担するくらいなら、俺みたいなロートルが生き残るよりお前さんみたいな連中に未来を託した方がよっぽどマシだろう、そう思ったのさ」
「……何故、僕を?」
逃がそうとする?先に進ませようとする?
「……俺にも若い頃があったって事さ。別れたカカァの娘が丁度、お前さん位になる」
「……!」
「ま、この判断はお前に任せる。気にくわねぇなら、好きに俺のことを告発して、お前がリーダになるがいいさ。それだけの実力がお前にはある。
それと、あの酔っ払いども際限なく食うから冷蔵庫が空になっちまってな、ちと追加の材料買ってくるから留守番頼む」
「……はぃ」
……何故?
何故そこまで、自分の命を他人に差し出せる?!
"店長"にだって、家族がいたはずだ。それを遺して、何故そんな……?
分からない。
閉じられた扉をじっと見つめたまま……僕は暗い部屋の中、その場に立ち尽くした。