翌日の"Lunatic"。
広間に集められた僕らは、"店長"の一言に一瞬耳を疑った。
「……"店長"、今、なんて?」
「あん?聞いてなかったのか?明日は店貸切だ。団体さんが来るからな」
「……いえ、その前で」
「ガーディアンズの機動警備部が貸切るって事か?」
「その、本気なんですか?」
「お前らに今更ウソ言っても始まらんだろ?
あぁそうだ、非番の奴らもちと声掛けろ。人手が足んねぇからな」
肩をすくめて言われ、僕は一つため息を吐く。
一応"Lunatic"は表向きバーではあるけれど、本来は"イルミナス"の前線基地のひとつだ。
その中に客としてとはいえ、ガーディアンズを迎え入れるだなんて!
「490は昨晩から1週間本部へ戻ってる、上の許可も取ってるから安心しろ。但し、店ん中でのスタッブは禁止だ、いいな?」
「……はぃ」
有無を言わさない"店長"の一言に、僕は頷かざるをえなかった。
☆
そして、翌日の午後7時。
ちょっと早めに開いたバー"Lunatic"に、たくさんの人間が入ってきた。
「いらっしゃい、バー"Lunatic"へようこそ。席が足りない所は――ねぇな?
今日は貸切なんで、ゆっくりしてってくれや。ただうちの店は普段こんな大人数迎え入れた経験が無いもんで、至らぬところがあっても勘弁してくれ」
「良い店じゃねぇか。あんたが店長かぃ?」
「おたくは?」
「おっとすまねぇ、俺はベルナドット。3課の課長をやってるモンだ。ちと騒がしくなるが、今夜はよろしく頼むぜ店長さんよ」
「おう、楽しんでいってくんな。さぁ、注文を聞こうか?」
そんな感じで和やかに始まった慰労会。
僕らのような若い人間はウェイトレスとして机の間を歩き回り、注文をとり続けながら、機動警備部3課の人間たちを観察していく。
ヒューマン、ニューマン、ビースト、そしてキャスト。男女分け隔てなく、子供しか見えない者から、老年の域に達しようかという外見の者まで居る。聞いていたイメージとだいぶ違うな。
"店長"や普段は繊細な爆発物を扱ったりしている先輩たちは、持つものを銃器やナイフからフライパンや包丁に変えて料理や飲み物の作成に勤しみ、僕らはそれら後から後から運び続け――。
暫くそんな調子でやっていたところで、「アイツ」がやって来た。
「お。エミー遅いぞー?」
「エミナさんー!」
「やほー、先に始めてるよエミさん」
「あ、エミにゃー、こっちこっち!」
「呼ばれてんぞ人気者。ほれ、行ってこい!」
「あわわ……」
周囲の人間に暖かく迎えられて、アイツは席に座る。
忙しく注文を聞き、運び、皿を片付けながら――つい、僕の視線はアイツを追っている。
(……)
よく見れば、アイツの周りにも僕らの界隈でも有名なガーディアンズがちらほら見える。
ちょっと見ただけでも"ポーキュパイン"や"ワイルド・リンクス"、"ランナウェイ・ビースト"、"ドライリーフ"……ガーディアンズの中でもトップランカーばかりだ。
目と鼻の先に対象が居るというのに、処理できないだなんて。"店長"もよく我慢できるものだと思う。
「ティル!ラム酒が切れちまった。悪ぃが倉庫へ取りに行ってくれるか?」
モヤモヤしたものを胸に抱えつつ、僕は"店長"に言われるまま、倉庫へと足を踏み入れ。
つい、口から愚痴が漏れる。
「クソッ……」
何故あいつらに給仕の真似事なんてしなくちゃならないんだ。デリートする相手に何故こんな事を……。
その時だ、棚に置いてあるとある物の銘柄が目に入ったのは。
(これ、は……)
"それ"は、僕らが要人暗殺等に使う毒物の一種だった。
微かな有臭で無味、遅行性。少量飲むだけではなんともないが、特定量摂取する事で数時間後に昏倒、そのまま死に至る。毒物自体は数時間で分解され、後にも残らない。
それに、手を伸ばす。
(これなら、"店長"にも――)
誰にも迷惑は掛からない。僕は薬品の小瓶と、ラム酒を持って倉庫を出た。