■Owner Side.
「……そうか。 お前さん、過去を探してたのか」
「……はい。一緒に居たはずの家族が何処にいるのか、今も分からないんです。
生きているなら、一緒に――すぐには昔と同じ様には出来ないかもですが、一緒に居たいんです」
ウドンを啜り終わって、俺は目の前にいるデリート対象者、エミーナ・ミュールの話を聞いていた。
この嬢ちゃんはプロジェクトRDHに関わっているとされるニューマンという事だったが……計画当時まだ2〜3歳の幼子だったはずで、実際の見てくれも二十代前半。
殆どのデリートの対象者、つまり当時の研究員の大半が壮年や老年の域に入っている中、余りに若く――お陰でリストの中で逆に目立っていた、という話もあるわけだが――研究員として所属していたとはどうしても考えにくい。
(残る可能性としては……)
この嬢ちゃんがよっぽどマズい物を幼少時代に見たのか、それともこの嬢ちゃん自身がティルと同様に「研究対象」だったか――。
べらぼうな資金とリスクが掛かり現実的でないと考えられているヒトの種族改良……世間一般では一笑に付す位のヨタ話だが、俺達にはティルという「実物」が居る上、プロジェクトのバックについていたのは軍部と"イルミナス"。
いくら量産性が利かなかったとはいえ、試験体を複数造っていたっておかしくはねぇ。
更にティルとこの嬢ちゃん、よくよく見ても纏う雰囲気こそ違うが姿形は生き写しと言って良い程よく似ていると来たもんだ。
それだけネタが揃えば、遅かれ早かれ誰でもその判断に行き着くだろう。
(そんな娘が、敢えて過去を知りたい、か……)
知り得た事が幸か不幸かは、本人次第だ。
自らの出自を呪って絶望するか、知識に溺れて自分の首を絞める事になるか。
或いは只の実験動物に成り下がるか、俺達に獲物として狩られるか。
また或いは――出自に腐ったり驕ったりせずに俺達を出し抜いて逃げ延びるか。
「……過去に拘るのもいいだろうさ。
だがな嬢ちゃん、過去に目を向けたままじゃ大切なものを取り落とすことにならねぇか?」
「取り……落とす?」
「身近に居る奴が、いつまでも自分の傍らに居てくれるとは、限らねぇんだぜ?
本当の自分の気持ちに気づいた時、全てが手遅れの場合もある。そういう時どうする……?」
「……無理やり、前を向く?」
「50点ってとこだぁな、俺ぁそーいうのも嫌いじゃねぇが。
……過去に目を向けてもいい。だが、走る方向は過去にじゃない、未来へ向かって後ろに進め。未来に進めりゃ、その内後ろ向きから前向きに走れる時も来る」
「……屁理屈に聞こえます……」
別れたカカァにいつぞや言われた事と同じことを言われ、つい苦笑が漏れる。
あいつも、そういや妙に強気な面があったっけナァ。
「はっは、嬢ちゃんもうちのカカァと同じこと言うんだな……だが、人間なんてそんなもんだ。
過去に向かって全力で走っても、結局は過去には戻れねぇんだ。時間なんてベルトコンベアみたいなもんでな、執着して無理に抗おうとすれば、結局その場に留まり続けちまう」
「……」
「だから、後悔があったとしても、過去に目を向けつつも後ろ向きに進めば、何れ大事なモンも自ずとついてくる筈だ」
嬢ちゃんは黙り込んで頷き、無意識のうちにだろう、そっと端末腕環を撫でる。恐らくその中に俺が託した情報が詰まっているのだろう。
明日は今日からは見通せない。見通せないが、だからといってその場から動かなければ、結局自分の望む明日は得られない。
ただ、"家族"という存在を取り戻す――その悲願を胸に。
この20も歳が下の嬢ちゃんから、揺るぎない意志が十分に感じられた。
信念をもっていた若い頃の自分。今の俺がとうに無くしちまった物を、この嬢ちゃんは今持っている。こないだうちの店に来ていた時の覇気の無さと比べれば雲泥の差だ。別人と言ってもいい。
それが何とも羨ましく、懐かしい。そして、危うい。
だが今はその危うさこそ、アイツを、そして嬢ちゃん自身を救う起爆剤になるやもしれん。
(やっぱデータを渡して正解だった……俺の人を見る目は、まだまだ鈍っちゃいなかったなぁ)
それが確認できただけでも、この"敵情偵察"は価値があった。
この嬢ちゃんにならティルを任せる事を出来るのではないか、という希望を持てたのだから。
(しかし……長年デリータをやってきたがデリート対象にシンパシーを感じるとは、俺も歳食ったもんだよなァ、オイ?)
財布を懐から取り出しつつ、また苦笑が漏れる。
まぁ、ティルの人生をひん曲げた当事者の一人として、手の掛かる"娘"の良き理解者として、コレ位の事は遺していっても良いだろうよ。
「理解できたみてぇだな。
俺が言えるのはここまでだ。……また、どっかで会えたらいいな、嬢ちゃん」
「ありやっしたー!」
「あ、店長さん……?!」
嬢ちゃんの声を背中に、俺は闇夜の通りへと歩みを進めた。