■Sync Side.
遠くで電話が鳴っている。
(誰よぉ、こんな夜中に……)
時計を見れば、まだ朝の4時。フツーの人間なら大半が就寝してる時間帯。
プログラム洗浄が終わり、隣のPM用ベッドの上で横たわってるフィグちゃんが取ってくれるとも思ったが――
(……あー、幸せそうな寝顔で寝こけてるわね)
無視を決め込もうとも思ったが、10コール続いてもまだ鳴り続けるのでしょうがなくベッドからもそもそと這い出て、ホログラムに表示されているコール先を確認する。
「って、エミーナからじゃない。しかもこれ、暗号符牒?……こうしちゃいられない!」
今までの不機嫌が嘘のように飛んでいき。
アタシは慌てて通話用暗号解読装置をONにして、通話状態にする。
『……シンク、起きてる?』
「おはよエミーナ、早いわね……ぁふあ……」
若干、金属的なノイズの混じるためらいがちな彼女の声に、苦笑を漏らそうとしてつい大欠伸。
むぅ、女に寝不足は大敵なのよねぇ。
『ん……ちょっと気になる事があってさ、調べて欲しいんだけど、いいかな?……至急で』
「ふむ……さっきの件も含めて、ちょっと高くつくわよ?」
深夜だし、割増料金って事でw
そうカマを掛けてみると、途端に慌てたようで。
「う……今月ちょっと厳しくて……」
心底困ったような、そんな声を挙げた。
「エミーナの身体で払ってくれてもいいのよ?……むしろアタシはその方がいいなぁ♪」
『へ、身体……って……えぇぇえぇっ?!』
ふふふ、困ってる困ってる。
あ〜、初心で可愛いなぁ、もう。
『ちょ、シンク!』
「っぷぷ、アタシはエッチな事だなんて言ってないわヨ?
もしかしてエミって、潜在的にそゆコト望んでたりしてする〜?それならそうと言ってくれればお姉さんが幾らでも……」
『いやいやいやいやボク一応ノーマルだし……って違ッ!! そうじゃないっしょ?!』
真面目に取っちゃうところがホント、エミだよねぇ、と苦笑しつつ。
――さて、そろそろ本題に入りましょうか。
「ごめんごめん、今度何か買い物に付き合って、て事よ。それはそうと……。
そろそろ聞いてくる頃だとは思ってたわ。何が聞きたい?」
盛大な溜息の後、彼女は一人の名前を挙げた。
『一人、調べて欲しい人が居るんだ。
名前はティル・ベルクラント、年齢20歳。女性、ニューマン。
現在惑星間警備組織"ガーディアンズ"機動警備部3課所属。
ボクが今持ってる情報はこれ位だけど……』
「……ティル・ベルクラント?」
――やっぱり、そういう事なのかな。
『知ってるの?』
「知ってるもなにも……この人こないだエミに話した、あの女の人よ。
カルテでも確認したわ、間違いないわね」
『顔写真とかある?』
「不鮮明な奴でよければ」
『見せて』
転送後の一瞬の間。
やがて、彼女は意を決したように。
『シンク……ボク、この子に今日会いに行ってみる。呼ばれたんだ、ローゼノムの被害調査に』
罠だ。
唐突に、そう思った。
この間の患者は、恐らく相当大きなバックが付いている。その彼女がエミを呼び寄せようとしている、という事は……。
(この間の、データ――!)
瞬間、身体から血の気が引く思いがした。
やはり、友人として安請け合いすべきではなかったのだ。
アレは、恐らく命を狙われるレベルの危険なデータだったのだ。あれだけガチガチにプロテクトが掛かっていたのだから、そう考えるべきが当然で――。
「……やめた方がいいわ」
緊張で、自分の声とも思えない、硬くて、冷たい声が出た。
なるほど、エミーナが暗号回線を使ってきた意味も、今なら分かる。
簡易的な暗号秘匿通信で、どこまで対抗できるのか。既に、盗聴されているのではないか?
背筋に冷や汗が流れる。
『それは友達として?それとも"ビジネス"として?
……一応、ガーディアンズネットワーク経由の正式な依頼だよ?』
彼女の声に、怒気が乗る。
そうじゃない、そうじゃないのよ、エミーナ。
嫌われないといいな、と心の奥底で思いつつ、アタシは言い直す。
「もちろん、友達としてよ。エミの事が心配なんだってば。
敢えて言わせてもらうけど……あの子のバック、相当大きい所かもしれない。
ご禁制の薬品堂々と使えるくらいの……そもそも表の人間なら、アタシみたいなモグリの医者なんて掛からないし。
それに……大きな所じゃ、ガーディアンズ・ネットワークにハッキング掛けて偽情報流す位普通にやるって噂よ?」
脅しではない、最大限に危険な相手だと、言葉の裏で伝えた積もりだったけれど。
『ホント、馬鹿だよなぁ、ボクって……』
腑に落ちたように、一言。彼女はポツリと呟いた。
『シンク、ありがと。お陰で会う勇気が出たよ』
「エミーナ、絶対何かあるよこれ?やめなって!」
『分かってる……』
「分かってるなら……!!」
本気で怒鳴る。 お願い、エミーナ!行っちゃ駄目!!
でも、彼女は――
『罠だって分かってても……妹を助けるのに理由はいらないでしょ?
あと、ウィルに伝えておいて……"全部思い出しちゃって、ゴメン"って』
そう言い、そのまま回線が切断される。
「エミ?妹って……?ちょっとエ……」
慌てて何度も掛け直してみても、非通知状態。
アタシは打ちひしがれたように、がっくりとその場で膝をついた。
(なんて、こと……ッ)
尊敬もしているあの子を、わざわざ命の危険に巻き込む真似をしてしまった。
そして、彼女を止められなかった。
二重の意味で後悔の念が押し寄せる。
(――そうだ!)
ウィル先生なら。
エミーナの義理の兄のウィル先生なら、止められるかもしれない!