■Will Side.
「そうか、思い出しちゃった、か」
エミの友人の一人で、俺の元教え子でもあるシンクからの緊急連絡。
それは俺を喜ばせ、その一方で落胆させる内容でもあった。
(エミの事件に関するデータは、全てシャットアウトしてたってのになぁ。
一体どこから手に入れてきたのやら……)
ふと物思いに耽ってしまい、シンクの声に現実へ引き戻される。
『ウィル先生?』
「あぁ、すまない。
こうと決めた以上、もうエミーナは梃子でも動かない。
……あいつのやりたいようにさせるさ。兄貴としては――失格かもしれないけどね」
『……一体、どういうことなんです?
そのティルさんと、エミーナは……姉妹なんですか?あの子、自分の事孤児だって……』
「あぁ、姉妹だよ。間違いなく」
『判ってたんですよね?それじゃなんで……なんでもっと早く教えてあげなかったんですか?!』
若くて、勢いのある意見だ。
確かにシンクの言う通りだろうな。だが――
「それは至極最もな意見だ。
だが、事実を知る事で、彼女が――エミーナが命の危険に晒されるとしたら、どうかな?」
『!?っ』
シンクの息をのむ声が聞こえたのを確認して、俺は言葉を続ける。
「……連絡してくれて感謝しているが……すまない、君はこれ以上首を突っ込まない方がいい。
――好奇心は、猫をも殺す。
危険を冒したくなければ、これ以上の好奇心は抑えておくに限る。そういう、事だ」
『先生……』
「とにかく、間に合うかは分からんが知り合いに手配してもらうよ。……連絡、ありがとう」
『はい……。最後に、ひとつだけ』
「ん?」
『エミーナを、助けてあげてください』
「約束する。俺は、あいつの兄貴だからな。
あぁ、それとね……シンク、少し拘束させてもらうよ?」
悪く思わないでくれよ?これは君の安全を守るためでもある。
『へっ?』
「罪状はガーディアンズネットワークへの不法アクセス。拘置期間は1週間ってとこかな?」
『ちょ、待っ……!?』
『はいはい、こちらガーディアンズ機動警備部3課のPBだ。ちぃと署まで来てもらおうかね?』
『いーーーやーーーー!!(涙』
シンクからの電話を切り、俺は深い溜息を吐いた。
続けて統合調査部のケイさんをW.P.C.の電話帳から呼び出しながら思う。
真実を知らない事は、エミーナにとって、果たして幸せだったのか。それとも不幸だったのだろうか、と。
……ミュール家の双子姉妹の身に科せられた、人道を無視した計画、プロジェクトRDH。
事件後に判明した事だが、実はエミーナもまた、巧妙に機能を隠された"調整体"だった。調査資料に寄れば、あの二人が揃って初めて"完成品"になるのだという。
事の重要性に気づいたガーディアンズ上層部は、第三者へのこれ以上の情報漏洩を恐れ、残されていた資料及び捜査関連資料を直ちに破棄。
同時に極秘にではあるが、ルシーダを誘拐した組織への初期調査を開始した。16年前の事だ。
一方エミーナの処遇については、当時も既に人体実験自体は違法であったものの、生まれてきた命に対して罪を問うわけにもいかず、 世間一般にはただの殺人・誘拐事件として公表され……騒動が鎮静化した頃、彼女はハーヅウェル家にひっそり引き取られる事となった。
(……)
ミュール博士夫妻――エミーナとルシーダの本当の父母が、何を考えて彼女達の遺伝子に"調整"を施したかは、今となっては分からない。
何故、イルミナスに流出した資料がルシーダの分しか記載されていなかったのかも、やはり今となっては分からない。
そして、結局それがエミーナとルシーダの道を決定的に違えてしまったのだ。
(本当は……俺がお前を愛する資格なんてないかもしれないな……エミーナ)
自嘲気味にそう思う。
家族。妹。そして、愛すべき女性。これは本当だ。
そして、保護対象――。これもまた、本当だ。
だが、偽善と言ってしまえばそれまでの話でもある。全てを知った時、エミーナは恨むだろうか。
「……あぁ、統合調査部ですか?パルム支部長のウィル・ハーヅウェルです。
ケイ・コリンズ女史をお願いします。えぇ、緊急で。至急お話したい用件がありまして」