■Anemako Side.
「はぁ?裏で特殊任務班が動いてるってェ?!」
隊員の大半が出払った3課の大部屋の中で、思いのほか大声になってしまったあたしは慌てて口を噤んだ。
特殊任務班――情報部と並んであまり表だっての活動はせず、裏方に回る事が多い部署だったはず。しかしその実態はガーディアンズの中でも異質な、少数精鋭での狙撃や強襲等を担う懐刀のような存在。
そんな存在が動いてるって事は――。
「エロアラシ、鯖味噌が相手にしてる組織って、まさか――」
「……あんまり勘が鋭すぎるのも考えもんだぜマコよ。この業界で長生きできんぞ?」
「余計なお世話よ。で、どうなの?」
彼の苦虫を噛み潰したような表情が、あたしの予想を裏付けしていた。
なるほど。練炭とオタをバックアップにつけたり、3課総出の人海戦術じゃなくてYoshio.達みたいな歴戦のランカーを少数精鋭で送り込む理由がようやく分かった。
鯖味噌の知り合いだから、あんまり人数が裂けないから、ってんじゃなくて……それだけ危険な相手だからこその、この人選だったって事か。相変わらずのエロダヌキだわ。
――しっかし、こういった非正規任務に"仮"チームも駆り出される様になったか。立派になったもんよねー。
「"イルミナス"相手とか、面倒くさいわねー……で、プランはどうなってるのよ?」
猫にも分かるように敢えて名前を挙げて溜息をついたあたしに、エロアラシは小さく頷いてゴツイ手だというのに慣れた手つきで手元のコンソールを操作していく。
「ま、話が早いのは助かるんだが……取り敢えず、目の前のホロを見てくれ」
そうこう言う内にあたしと猫の机のホログラムディスプレイに、字と数値の羅列が浮かび上がった。
「既に統合調査部および情報部からの支援をとりつけている。プランは三つ。
一つ、現場に向かっているエミーナを"イルミナス"接触前に確保。――ただこれは、統合調査部からダメ出しを食らった」
「……何故ですにゃ?隊長」
言葉尻こそ普段通りだけど、良く見れば小さく肩が震えている猫。……こりゃ、相当怒ってるわね。
猫と鯖味噌はあたしらがチームになる前からの付き合いだと聞くし、心配しないわけがない。……ホント、今回ばっかりは多方面に迷惑かけ過ぎよ、鯖味噌?
「統合調査部および情報部は、エミーナとエミーナが追っかけてるホシを餌に、"イルミナス"とのパイプを望んでいる。本人の意向に限らず、だ」
「なッ?!」
「……落ちつけよノラネコ。お前が考えてる様な意味でじゃぁない。
むしろ逆で、これを機会に"イルミナス"の動向を探る為に我々の協力者――諜報員を送り込ませたいって考えだ。これは統合調査部長の言質も取れている」
言われ、立ち上がりかけた猫はむっつりと座り込む。
「……あとの二つは?」
「二つ。高速小型輸送艇で至近までステルス遮蔽しながら接近、後は特殊任務班と連携を取りつつエミーナとエミーナが接触を図ろうとしているホシ――ここでは仮にTとしておこうか――二人を出たとこ勝負で確保し即時撤退。統合調査部と情報部は、この作戦を推してる。詳細理由は今言った通りだ」
「ちょっと待って、よちお達はさっき出て行ったのよ?もし鯖味噌が今日中に見つかっちゃったら作戦的に不味いんじゃないの?」
「そこは問題ない。
どの道今日は動かせる機体が無い上、統合調査部から横流しされた通信データから推測するに、今日直ぐに事態が動く事は無い」
「あ、そ。
……んで、聞きたくないけど三つ目は?」
「三つ目、 作戦全ての放棄。
――あんまり考えたくはないが、エミーナ、および対象Tの死亡が確認された場合、尻尾捲って逃げ帰り、知らぬ存ぜぬを貫き通すってこったな。
まだ上層部や同盟軍、そしてパルム市警察はエミーナの独断行動に対して何も言ってきてはいないが、いつ圧力が――エミーナへ危害が及ぶとも分からん。特に同盟軍と市警察の連中、相手が相手だけに相当ピリピリしてやがるらしくてな、何しでかすか分かりゃしねぇ……今になってみると、市警察が急に掌返して協力的になりやがったのは、これが原因か?」
そう言って壁に寄り掛かり、オイルライターで火をつけたタバコをくゆらすエロアラシ。
「……それでアンタは、どのプランを取るつもり?」
「お前さん方には隠し事してもしょうがねぇ。正直に言おう。
本来なら1を推したいところだが……エミーナが全てを投げ打ってでも接触しようとしてるホシが俺も気になる。それに3課としては情報部や統合調査部、特殊任務班とのパイプをここらで作っとくのも悪かない。ただ、エミーナを餌としてチラつかせるってのは正直俺としては願い下げなんだが……そして3は全面却下だ」
言いきって、ガタリと音を立てて椅子に座る。
「つーわけで、全て情報部と統合調査部の掌の上で動いてる上に、ウチのチームの人間の命がチップとして賭けられているってのがはなはだ遺憾であり腹立たしいところだが、2を推す事以外選択肢は無いわけだ……ノラネコ」
「にゃ?」
「お前さんは特殊任務班と共に行動、エミーナとホシを確保してもらいたい。既に話は通してある」
「アタシが、ですにゃ?」
「近接戦闘と銃の扱いで、今動ける人員の中ではお前さん以上に秀でた奴がいない。それに今の特殊任務班、そのトップに位置するキロ隊の隊長は、お前さんもよく知ってるKisoviだ。それにエミーナの人となりも熟知してるお前さんなら、色々動きやすいと思ってな」
「……エミ姉」
猫は何事か一言呟いて深呼吸を一つ。
「……了解にゃ!ノラがエミにゃを助けてくるっ!」
そして通り名の"ワイルド・リンクス"の通り、猫の如くしなやかに、そして嵐の如くあっという間にオフィスを出て行った。
「続いてマコ、お前さんには調整役を担ってもらいたい」
「えー、調整〜?」
せっかくアクロテクターとして現場で色々引っ掻き回してやろうかと思ったのに。
そんな思いが顔に出てしまったか、エロアラシの苦笑が深くなる。
「頭が硬直化した挙句、理屈ばかり捏ねる事だけに長けた上層部の間抜け共とやりあうのは正直気が進まんだろうが、頭のキレるお前さんだからこそ、ここは頼まれて欲しい」
「ん〜、……流石にあたし一人じゃ厳しいんじゃない?」
ウチのガーディアンズに限らず、大抵どこの組織でも上層部ってのは理由やら理屈やら捏ねくり回した挙句、せっかくの新鮮なネタを腐らせるような連中が多いってのは常識みたいな物。
とはいえ、煮が……もとい荷が重いとは思わないけど、そんな連中を相手にするなら、もう一人くらいあたしの人となりを知っていて、状況を素早く判断できて頭がよく回る人間が居ると楽なんだけどなぁ。
「マコならそう言うだろうと思ってな、助っ人を用意したぜ。
……ったく、ギリギリで間に合いやがったか。入ってくれ」
「助っ人ォ?」
「よぅ、マコゥ。久々だな?」
「コーキンじゃないの?!このクソ忙しい時に何やってんのアンタァ!」
情報部に身を置いているはずが、最近は常に機動警備部3課にちゃっかり席を確保してたりする光鬼が、その場に現れたのだった。
「何やってんの、って。
本来の仕事の傍ら、色々エミさんや3課の連中が動きやすくなるように統合調査部と一緒に悪巧みして暗躍してたわけですがナニカ?」
「ナニカ?じゃないわよ。……いけしゃあしゃあと暗躍とは、よく言ったもんね。で、首尾は?」
「取り敢えずエミさんの違法捜査のもみ消しと"ボス"達の移動の足は確保した。明日には足が到着する。
後は、今回の捜査を推し進める為に頭の固ぁ〜い上のジジイ共を黙らせるだけだ」
確かに、状況判断の的確さ、言い包めの為の相方としてはコイツ以外にないって位の人選よねぇ。
……しゃーない。ここまでお膳立てをされたんじゃ、ここで引いたら女が廃る!
「ふん、任せときなさい!
めっちゃクチャに掻き回した挙句、二度と立ち直れない様にグゥの音も出ない位言い包めてやるわ!」