490から語られる言葉に、酷くなる一方の頭痛と共に脳裏へと浮かび上がった事実に、僕は打ちのめされる。
(僕、は……)
あの時。
彼女は、エミーナは僕を守ろうとしてくれていた。
小さな体で、 震えるばかりしか出来なかった僕を、必死に守ろうと、していた。
でも、4歳の女の子が大の大人に――戦闘用キャストに叶う筈もない。
片手で弾き飛ばされ、壁へと激突し……骨が折れ、身動きが取れなくなっても、強い意志を感じさせた、その瞳。
あの時のエミーナと、今のエミーナと。
その姿が、その瞳が重なる。
(何故、こんな……大事な事を……)
突如湧いた泉の様に溢れだす記憶と、想い。
がくがくと震える僕の手を、血まみれの、でも暖かい左手が、ギュッと握る。
時折力が入らなくなるのか、何度も、握り直してくる。
はっと見上げると、エミーナが力なく、微笑んだ。
「エ、ミ……」
その左手を、そっと。両手で包み込むように、握り返す。
言葉は無いのに、思念が流れ込んでくるような、そんな気がした。
多分彼女は――僕すら知らない、切り札を持っている。
だったら、生き残る為に、エミーナが用意してくれた切り札を、僕が切るべきだ。
贖罪でもなく、懺悔でもない。純粋に、そうしたいと願った。
「ルシーダ……?」
「……その手段でなら、これを、終わらせられる?」
「……ッ」
何故通じたのか、というようなエミーナの表情が曇る。
心配、してくれているんだ。こんな僕を。
だから。
あの時君が僕を助けてくれたように。今度は僕が、君を助ける。
「出来るん、だね?だったら、僕は……いいよ」
「……だって、失敗し、たら――」
「――二人とも、ここで死ぬだけだ。だったら僕は……少しでも希望がある方に、掛ける」
先程よりも彼女の呼吸が速く、細くなっている。
あまり時間は残されていない。だったら、やるしかない。
「ん、分かった……方法、は」
エミーナが僕の耳元で、囁く。
こんな時だというのに、その声はとても心地よく響いた。
「どんな方法でもいい、ボクの生体組織を――取り込ん、で」
「生体、組織……を?」
「肉片でも、血でも、いいから……早、く……」
言われるがまま、僕は惹かれるように、エミーナの血が流れる右肩へと口付ける。
「……ん、く」
「あ、ぐぅッ……!」
――熱い。彼女の熱が、僕の身体へと、心へと、流れ込んでくる。
濃密な血の味と、匂いがしたはずなのに。
嫌な感じが全くしなかったのは、何故だろう……?
「……チャンスは、いっか、い、きり……。これ、使って……」
「これ、君の……」
エミーナが震える左手で僕へと託した炎属性のクレアダブルスは、数えきれない傷と、その傷を丁寧に補修した跡があった。
大切な人から贈られた、愛用の物なのだろう。そんな大事な物を使っていいのだろうか。
「キミ、の、武器……さっきの、銃撃で……壊れ、ちゃったで、しょ?
ボク、は……こんな、状態……で、戦えなく、なっちゃった……から。これ、使って、欲しい」
「分かった――すぐ、カタをつけるよ……だから、ちょっとだけ――ここで待ってて」
「……ぅ、ん」
言葉にならない感謝を、暖かな彼女の身体をぎゅっと抱きしめる事で代わりにして、僕は490に向かって立ち上がる。
「るしー、だ……!」
「……これから、もう一度"自分"を始める為に――これまでの"自分"を、ここで終わらせる。
行って来るね、"姉さん"」
「……」
僕はまだ、生きる希望も、意味も、持てないけれど。
でも、エミーナと共に生き続けるる事で、何かが見つかるかもしれない。
そうだ。
きっと、僕はココロの奥底で――誰かが、手を伸ばしてくれる状況を願っていたんだ。
今まで関係ないと、振り払ってきただけで。
「裏切り者には、死、あるのみ…。
罪は償ってもらうぞ、ティル・ベルクラントォォッッ!!」
そう吠える490を真正面に見据えて。
僕は口元に、笑みを浮かべた。