Final Chapter. ソシテ、ボクラガノゾムコト
Cross Point











「あああああああっっ!!」

体が熱く、軽い。周囲だけスローモーションになったかのような感覚。
意図的に身体のリミッターを外す技術を、僕を生み出した人間は用意していた。そして、エミーナは土壇場でその答えを導いてくれた。
彼女自らの血で託してくれた"鍵"は、確かに僕の身体のタガを解き放ったのだ。

(動ける。動けるぞ!これ、なら!)

神経の加速、そして筋力の無意識下のリミッター解放。一瞬が永遠のように引き延ばされる感覚。490の一挙手一投足がはっきり"視え"る。
ただ、踏み込むごとに加速していく速度とは裏腹に、僕の身体は刻一刻と破滅へと向かって突き進む。


(でも……そうしなければこいつには、勝てない)

いくら僕が調整された遺伝子を持っていたにせよ、生身である以上無意識下に備わる身体のリミッターは存在する。
それから外れた事で身体が持つ本来の"性能"は絞り出せるが……安全マージン分の負担は身体に跳ね返って蓄積され――やがては自滅する。

(……流石に、キツい、か)

全身が切り裂かれたかのように痛い。視界が徐々に赤く染まっていく。
指先から腕、肩へかけて変な痛みが時折走る。鼻の奥の鉄錆臭さがどんどん濃くなっている。
全身の血の流れが分かるほどに全身の血が沸き立ち、視界が時折揺らぐ。
でも、痛みを感じている間は、光を感じている間は、まだ僕は生きていると、そうも思う。

(喰らいつけ。引き離されたら、終わる――!)

動け。動け!最後の最期まで!!
ツインセイバーの突撃をかいくぐり、逆にクレアダブルスの攻撃をたたき込む。
声に出せばそれだけ減速する。だから、思いの丈を全て打撃に込める。
刃先が音速を超え、ヴェイパートレイルを引きながら周囲へ氷の衝撃波を振り撒く。

(よくも……よくも"店長"を……エミーナを……ッ!)

よくも引き剥がしてくれたね。
よくも手に掛けてくれたね。
よくも奪ってくれたね。

(だから……)

だから、もうこれっきりにする。金輪際、奪われない為に。
この490は、たかだか組織の一端末なのかもしれない。
それでも、今の僕にとって――否、"僕ら"にとって、こいつは明確な"敵"だ。

「この俺が、圧されているだとッ……?!バカなぁ?!」

"あの時"を知り、僕らを引き剥がし、そして今再び引き剥がそうとする紅い陰――490が身体の各部を削られながら、苦悶の声を挙げる。
一秒を追うごとに、その傷は多く、そして深くなっていく。
もうすこし、あと少し。
息を詰め、歯を食いしばり、僕は文字通り身と命を削りながら、人生最高の"死の演舞"を舞い続ける。

「……ッ、……ッ!」

僕がエミーナに刃を向けた事実は、二度と消せない。
"店長"は、もう戻ってこない。
こんな事で、僕のしてきた事が許されるとは思っていない。
だけど――!

(僕にだって、守りたいモノが出来たんだ――!)

戦っている内に、僕はその存在に気が付いた。
既に、守りたいものは、僕の中にあったんだって。
エミーナから、僕は自分が持ち得ないと思っていた、暖かな感情を貰った。
"店長"から、僕は生きる術と、希望を貰った。
文字通り血を吐く思いで、ようやく手にできた僕の"守るべきモノ"。

それは、闇夜の中一筋差した明かりだ。

僕の中に灯った光は、小さなモノかもしれない。
その一連の事は、他人に比べればほんの些細な一瞬の出来事でしかないのかもしれない。
でも。
どんなにそれが小さな事だったとしても、僕は守りたい。
守って。一緒に、エミーナと……姉さんと生きたい。
だからここで、ピリオドをつけよう。
さぁ、ティル・ベルクラント。

(僕が……もう一度、僕がルシーダ・ミュールとして生きる為に)

490へ向かって最期の力を振り絞り、姉さんのクレアダブルスを大上段で振りかざす。

(――今までの自分を、ここで終わらせよう)

全身全霊を持って、裂帛の気合いと共に、一気に振り下ろす。

「沈めぇえええええぇええッッ!!!!」








 







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