epilogue...
Cross Point












ずっと、ずぅっと、 だれかに呼ばれていたような気がして。
僕は、ふと目を覚ました。
明るい、白っぽい部屋の中。鼻に突く、微かに香る消毒液の匂い。
その刺激で、僕の意識は酷い頭痛と共に徐々に覚醒していく。

(ここ、は……?そうだ、エミーナは…エミは無事なのか?!)

「う、ぁ……」

起き上がろうとして、酷い立ち眩みを感じた。
思わずうずくまった僕を見て、あの時――エミーナが助けに来てくれた時に回収の指揮を執っていた、黒い複合装甲を持つキャストが慌てて駆け寄ってきた。

「おぉ、気が付いたんだな。起き抜けだしそう無理すんな……気持ちは分かるけどな」

布団を掛け直した彼は僕の顔を見、苦笑して小さく肩をすくめた。

「大丈夫、エミさんは無事だ。確かに大怪我負ったが――命に別状ないそうだよ。
 ただ衰弱が激しかったんで、体力が回復するまで暫くは入院生活だそうだが」

そこまで聞いて、僕は内に張りつめていた物が、少しずつ霧散していくのを感じていた。

「……よかったぁ」

心からの言葉。
でも目の前のキャストはそう取らなかったようで、呆れたような声音で溜息を吐く。

「よかねーよ。エミさんもそうだが……お前ら少しは自分の体も心配しろ。
 生身のくせして無理しやがって、お前さんもあと一息で運がよけりゃ廃人化、下手すりゃ脳死するところだったんだぞ?」

言われて、気がついた。
あの時、エミーナの見つけ出してくれた"鍵"を解いた時点で……僕は無事にはいられないだろうと思っていたのに。
こうして、僕は話が出来ている。僕はまだ、生きていた。

「……あれから、何日経ったんですか?」
「――ん、ひのふのみ、と……約半月ってとこだな

 脳内麻薬の過剰分泌やら何やらで、夕月さん辺りが大変だったらしいが……そんだけ話したり動けたりできるなら、問題はなさそうだな」

そう言われて、手・足・指の各部関節を改めて、少しずつ動かしてみる。
……大丈夫。
腕も足も、見るも無残に痩せこけて、全身は酷い倦怠感に苛まれているものの――ちゃんと動く。

「今のうちはゆっくり休んどけ。
 暫くしたら事情聴取だの何だのと続くだろうが……ま、大丈夫だろうさ」
「……何故?」
「俺たちは"休暇中"に"所属不明"の武装集団の戦闘に巻き込まれた。
 エミーナ・ハーヅウェル、ティル・ベルクラント両名は住民避難誘導の際、戦闘に巻き込まれて負傷しパルム中央病院へ担ぎ込まれた、ってとこでケリだろ」

何故そんなことに?
暫く考え込み……ふと思い当たる。

「……まさか」
「流石に察しがいいわね、手間が省けて助かるわ」

涼やかな声と共に、黒いスーツを着込んだ長身の女性が部屋へ入ってきた。
長い黒髪に、愛嬌のある丸眼鏡。だが……。
その奥に見える瞳は鋭利な刃を想像させる鋭さを持つ、コードネーム"鴉の淑女"――。
総合調査部課長という立場ながらその腕は調査部随一のキレ者と称され、僕が所属していた"Lunatic"チームの中でも恐れられていた人物――ケイ・コリンズその人だった。

「おいおい、まだ事情聴取するにゃ早過ぎるだろ……」
「聴取じゃないわ。話を聞かせてもらうだけよ」
「それを聴取って言うんだぜ……。
 あんま無茶させんなよ?その娘、今目ぇ覚ましたばっかりの重傷患者なんだからな?」
「貴方私の事なんだと思ってるのよ……」

肩をすくめた黒い複合装甲を持つキャスト――キソヴィというらしい――に席を外すように告げて、彼女は僕に向き直った。

「初めまして、ベルクラントさん。それとも、"旧姓"の方がよかったかしら?」
「……どちらでも」

いきなり総合調査部のVIPが乗り込んできたということは、いきなり消されるって事はないのだろう。ほっとしたと同時に……射抜くような視線に僕は気を引き締めた。
隙が見えた瞬間に、相手が持っているカードの全てを巻き上げ、完膚なきまで叩き潰す……それが、情報部の――情報を扱う人間の"戦場"だ。
少なくとも"イルミナス"ではそうだったのだが……。

「……私がここへ来たの目的は一つよ」
「情報ですか。……それとも僕を、取引に?」

正直、自身の命とエミーナと共に生きる事を保証してくれさえすれば、情報でも何でも受け渡すつもりではいた。もう、人を傷つけるのも傷つくのを見るのも、まっぴらだったから。
しかし、最初から切り札を切る程、僕もバカじゃない。軽いジャブのつもりで先手を打りカマを掛けてみたけれど、現実はどうも、古いコトワザで"小説よりも奇なり"って奴らしい。
目の前の"鴉の淑女"の口から放たれた言葉は、僕の予想の斜め上を行くものだった。

「どちらも外れね。
 貴女は今、先日の戦闘で"イルミナス"側から未帰還者扱いとなっている事が分かってるわ。
 そして、貴女は――ガーディアンズの立場も持っている……この意味、分かるわね?」

彼女の言葉の裏に含まれた意味に小さく頷き……僕は苦笑いした。
パイプ役になれってことか……。"イルミナス"とガーディアンズ、どちらににつくのかは知らないけれど。
そこまで考え、目を閉じて――僕は静かに首を振る。

「でも……残念でしたね。
 僕はもう、人が傷つくのは見たくないんです……」

偽らざる本心だった。
――エミを殺そうとした自分。
その彼女が、僕の為に傷ついたという、恐怖。
そして、今でさえ蘇る……エミの冷たく冷えた身体の感触――。
そんなもの、もうたくさんだった。

「無論、バックアップなしでそんな事を頼もうとは考えていない。必要あれば資金提供や人員の補充もする」

僕の返答を半ば無視してそう言った後"鴉の淑女"と呼ばれている彼女が、小さく苦笑した。

「……それにね、これは私の一存ではないの。
 本来なら貴女はガーディアンズ憲章に従って裁判に掛けられ……。そうね、少なく見積もっても数年間は壁の向こうで過ごさねばならないはず。
 その情報をどこで掴んできたのか、総合調査部へハーヅウェル巡査長――エミちゃんが直談判したのよ。
 『もし彼女が"イルミナス"の側だったとして――根っからの悪人が、非常事態での戦闘協力や人命救助なんてするもんか!
  それで足りないのなら……"ガーディアンズ"機動警備部3課4班班長として、"ティル・ベルクラント"を直接保護観察下に置かせてもらいたい……全責任は―ボクが取ります』
 って、ね。
 それに、私たち総合調査部も貴女の腕を買っている……どう?あながち悪い話でもないと思うけど?」

眼をぎゅっと瞑り、俯く。
……護りたいものがなかった僕に、生きる意味が持てなかった僕に。
そんな僕に、一つの道を示してくれた、エミーナ。
そんな彼女を傷つけ、亡き者にしようとした僕に……傍らに居る資格はあるのだろうか?
それにその、大きすぎる期待に応えられるだろうか……。

(いつまでうじうじ悩んでんだ。お前の道はお前の手で見つけろって言ったろうが)
(キミになら、ボクの背中任せられるよ。ね、ルシーダ)

瞑った視界の中で、2人の声に励まされたような気がして。
でも僕は心の中に決めた答えの代わりに皮肉で返す。

「ひとつ、分かったことがあります。
 貴女、本物のワルですね。敵わない……わけです」

溢れ出そうになる涙を堪えつつ、僕はそう言って苦笑した。
そう、僕はエミの傍らに居られれば、それ以上何も望まない。
"鴉の淑女"には全て、僕の内心はお見通しだったのだ。でも――そうしたい、そうなりたいのであれば、自ら動け、とも。
僕の言葉を聞いた"鴉の淑女"は、怒ることもなく声を上げて笑い、一つ頷いた。

「褒め言葉と受け取っておくわ。
 今後色々頼むことになるかもしれない、今はしっかり身体を休ませておいて。宜しく頼むわね」

彼女の退出間際、ふと気になっていた事を聞いてみた。

「そういえば……Lunaticっていうバーがどうなったか、知っていますか?」





 







|