リニアの最寄り駅から高速エレベータに乗り継いで数分。
寮のスライドドアを開く。
「ただいま」
「お帰り~。……顔色良くないけど、大丈夫かご主人?」
と、掃除をしていたルームメイトの内の一人、フィグが心配そうな顔で近寄ってきた。
動きやすそうなゆったりとした黄色いズボンと、ちょっと(?)胸元を強調したような袖の膨らんだ半袖シャツ。青緑の髪をポニテに纏めた軽業士の少女と言った所だろうか。
小柄な姿と耳元にある円形のパーツを見ての通り、彼女はパートナマシナリだ。普段の行動から、仲間内ではアホの子呼わばりされるGH420系列だけど、実際は主人思いで、ボクにはもったいない位よく尽くしてくれる。
「ん……お風呂に入った後ちょっと横になっておくよ。なんか、調子良くないみたいでさ」
「熱とかあったりする?欲しいものとか、ある?」
「ううん、熱もないしちょっとダルいだけ。
ご飯は……ノラ達が帰ってきたら食べるよ。確か今夜はあがりのはずだし」
「…分かった。暖かくして寝るのが体調悪い時は一番良いもんね。給湯システムON、空調システムONっと、……あ、部屋の温度も高めに調整しとこうか?」
一つ頷いて、早速てきぱきと行動に移る彼女。こう言う所はほんと、見習わないとだなぁ。
「うん、お願い。いつもありがとね、フィグ」
「へへー、お安いご用さ!」
いつものように頭を撫でてあげると、にへーっと人懐っこい笑みで笑い掛けてくれる。その笑顔に幾分何かから救われたような気分になりつつ、ボクはお風呂場へ向かった。
(はぁ……)
シャツを、ズボンを、下着をかごに放り込み。シャワーを浴び、湯船に身体を沈ませ――声にならない溜息が漏れる。ここ数日寮に帰ってなかったから、こうやって湯船に浸かってゆっくりするのは久々だ。お風呂の壁を枕に、ぼーっと天井を見上げる。
(……)
身近な知り合いも、家族とも、最近顔をあわせていない。
忙しいってのもあるのだけど、一つ、理由があって。
(流石にこれは、相談なんて出来ないし……)
顔を合わせると、溢れてしまいそうだから。溢れてしまったら、止められそうもないから。
溢れたらきっと、ボクは今の位置に居られなくなる。皆の笑顔が、見られなくなってしまう。"ボク"が、ボクじゃいられなくなる。それは……絶対に、嫌だった。
……鼻の奥がツン、としてくる。
(あ、ヤバ……)
ここで泣いてしまったりしたら、絶対不審に思われる。
その気持ちを誤魔化すかのように、顔にお湯を思いっきり掛けたら、鼻に入って余計に咽てしまう。
「ゲフッ?!ゲホ、ゲホッ……」
あーあ。なにやってるんだか。
結局涙目になって苦笑した次の瞬間、勢いよく浴場の扉が開け放たれた。
「キャッ?!」
「ご主人!大丈夫か?!」
「フィ、フィグ?!
……って、鼻からオイル出てるよ?そもそも、なんで今キミがここにいるのさ?」
「ふぇ?あ、あぁ。ご主人の背中を流そうかと思って……」
ははぁ、なるほど。
「本音は?」
「ご主人の入浴シーンを見られればいいなー、とか……」
「うん、素直なのは大変結構。……でもねフィグ、覗きは犯罪、だぞ?」
浴槽から出て、ボクはフィグの前に仁王立ち。とりあえず、お仕置決定だ。
「ひ……。ご、ごめんなさ……」
「とりあえず、猛省し・な・さ・い!」
彼女のこめかみを左右からゲンコツでグリグリする。
フィグはホントに良く出来た子だけど……"コレ"はこの娘の唯一と言っていい、困った癖だ。
好意を持ってくれるのは嬉しいけれど、度が過ぎるとそれは別の話。
「痛い痛い痛いッ!ご主人、本気で痛い!!……ご主人の愛が痛い……;」
まったく、もう。これではイタズラ盛りな子供を叱る母親みたいだ。さっきまで悩んでたのが急に馬鹿らしくなってしまって、ボクは盛大に溜息を吐いたのだった。
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