Cross Point
1st Night...[ウゴキダスジカン]



 







久々の完全オフだというのに、ボクの気持ちは晴れなかった。ウィル兄―ボクの、義理の兄だ―に一緒に必要な物を買い出しに行こうと誘われても、嬉しかったけど、昔のようには喜べなくて。

「どした。何か不味い事でもあったか?」
「……ん。ちょっと、体調がね」

エアカーを運転しながら問いかけてくる彼に、ボクは助手席でぽそぽそと言い返す。

「まぁたPBか?」

苦笑しながら聞いてくる。えーっと……そっちの「隊長」じゃないんだけどなぁ。
でも、ボクは敢えてズレたまま話を続ける。ここはひとつ、我が機動警備部3課長に犠牲になってもらおう。まぁ、起こった事は事実だし?
結局、彼との時間をーーお互い笑いあって、穏やかに過ごせる、幸せな時間を占有したいという気持ちは、ボクにとって何よりも勝ってしまうのだ。たとえ内心で、どんなに想い悩んでいたとしても。

「昨日なんてね……」

やがて車はパルム中央街の駐車スペースへと到着し、ボクらは目的のショッピングセンターへと向かった。

幼い頃、ずっと一緒に居られるのだと、穏やかな時間は永遠に続くのだと、信じて疑わなかったその関係は、成長するに従って、ボクの中でいつしか重石となっていた。感じてはいけない思慮、想ってはいけない想い――自分で慰めても埋まりそうにない、渇きに近い想い。
その一方で、ボクは今の現状を望んでいるのもまた事実だった。思考は堂々巡り、答えは――今も出ていない。

「……ミ、エミ?」
「あ、うん?」
「大丈夫か、ぼーっとして?最近、まともに休み取れてないんだろ?」
「……うん。
 でもさ、せっかくの休みだからこそ、精一杯休むべきでしょ?」

家に帰ってきたら、仕事の事は忘れてしっかり休む。
これも、目の前の彼から教わった事だ。

「――ったく。相変わらず、前向きなのは相変わらずだな?」

苦笑して、ボクの頭をポンポン、と叩いてくるウィル兄。
この行為も、ボクにとっては不満の元だった。
そりゃ、確かに身長差が20cm近くあるんだけど……。

「もう、またそうやって子供扱いする……」
「そりゃ、妹だからな」
「むぅ……」

いつまで経っても、子供扱いで女性として扱って貰えなくて……なんだか悔しかった。ボクって、そんなに子供っぽいのかなぁ?と、そんな事を思った瞬間。

(!?ッ……)

冷たい刃を喉元に押しつけられたような。ぞわっと、背中が総毛立つ感覚がボクを襲った。同時に、ボクは屋根のある方へとウィル兄の手を引いて走りだす。店舗まで20m位、全力で走れば……!

「どうした?」
「身を隠そう!イヤな予感がする!!」

言って走り出した途端、背後で風を切る鋭い音。続いて、"何か"が地面を穿つ音。
狙撃だと反射的に理解する。それと――。

「!!ッ、どっから撃ってきやがった?!」

そう、彼の言うとおりだった。
この駐機場は周囲の建造物からちょっと離れていて、狙撃に適した建物が見あたらないのだ。そもそも、誰が、何の為にこんな事を?!
ウィル兄をちらりと見ると、一つ頷いてくれた。手元の端末腕環を操作して緊急バンドに接続。

「パルム支部HQ、こちらクライズ・シティ機動警備部3課所属、エミーナ・ハーヅウェル巡査長。
 パルム中央街のシティセンターにて402発生。ケガ人は今の所なし。容疑者らしき姿は発見できず、狙撃と思われる。至急応援を要請」
『パルム支部HQ了解。ハーヅウェル支部長もそちらに?』
「あぁ。とんだ休暇になっちまったよ」
『心中、お察しします。パルムHQより至近の各隊員へ――』

まさか、緊急バンドを自分達の為に使う事になろうとは。
その後は店舗側への事情説明や人払い、駆けつけた警邏隊員の周囲への緊急展開依頼、鑑識班への説明……etcetc。全て撤収した頃には昼をとっくに過ぎて夕方に近い時間帯になっていた。

(……)

誰もいない駐車場で立ち尽くし、首元に手をやる。
使われた弾丸の口径は7mm程度、だがこれだと有効射程は1km程度が限界のはず。2km近くも離れているビル群から狙撃するのは無理がある、らしい。鑑識も首を捻っていた。
それに、狙われたのがボクなのか、ウィル兄なのかでもまた話は変わってくるだろう。ウィル兄はあの後パルム支部に向かい、休日返上で容疑者のリストアップを始めている。
また、どちらが狙われているか分からない以上、本来なら一緒に行動すべきなのだろうけど、仕事の邪魔になりそうだったのでボクの方から辞退した。……例の、件もあるし。

「ふぅ……」
「ハーヅウェル巡査長、迎えの車が到着したとの連絡です」

ため息を一つ吐いた所で、一緒に残ってくれていた筋骨隆々の真面目そうなビーストの男性隊員がインカムから口を離し、こちらへ振り向いた。
無人タクシーで帰宅しようとしたら、迎えを寄越すと課長から連絡があったのだ。

「了解です。裏口からでしたっけ?」
「はい。こちらへどうぞ」

人気の無くなった店舗内を先導され歩く事数分。
裏口前に停車した、大きめのバンタイプのドライバーズ・シートから声を掛けてきたのは――。

「や。災難だったねぇ、エミさん」
「……夕月さん!」

3課での先輩の一人で、長身痩躯の白銀の装甲に身を包んだ長い藤色の髪のキャスト女性が、笑ってこちらに向かって手を振っていた。
ちなみに例のセクハラ発言で、いの一番に課長にキッツいツッコミを入れたのは、実は彼女だったりする。