「おぅ、戻ったか。休暇中にえらい目にあったもんだな。無事でなによりだ」
「全くですよ……」
「夕さんもお疲れ、帰りがけにすまんかったね」
「いーえー」
クライズ・シティ、機動警備部3課詰所。
様々な資料が山積みとなっている一番奥の机でボクらを出迎えたのは、件の"エロアラシ"――PBこと、ベルナドット課長。
金髪碧眼、日焼けした肌の長身のヒューマン男性で、短めの金髪をツンツンにした30代前半のマッチョだが、それもそのはず。昔統合軍の機械化師団でパワードスーツを使った戦闘を得意としていたという。今も必要とあらば自ら歴戦のパワードスーツを着込んで前線へ出向く熱血派。ウィル兄と旧知の知り合いらしいのだが、性格が違いすぎる二人が何処でどういう風に気が合ったのだろう?
「あんな事があった直後に悪いが、明日うちの課でヤバ目なヤクを扱ってる科学者をしょっ引く事になった」
「機動警備部が、ですか?」
思わず夕月先輩が疑問を投げかける程、それは通常ではあり得ない事だった。
本来機動警備部は、地元警察組織では手に負えず、統合軍が出るには大げさ過ぎる事件を解決する為の威力組織のはずで、犯人逮捕なら通常は地元警察、それで手が負えなければ常駐警備部の仕事のはず。
「常駐警備部は機動警備部の臨時増員のせいで動けないのは知ってましたけど、何故ウチが?」
「あぁ。確かにパルム警察で扱うべきなんだが……あっちも忙しいらしくてな。お鉢がこっちに回ってきやがった」
課長にとってはボクの疑問は承知の上だったのだろう、苦笑いを返してくる。
「……それで、そのココロは?」
「要約すれば『そっちのコロニーが落ちて仕事増やしたんだから、こっちに協力しろ』だと。いやはや、このクソ忙しい時に仕事増やしてくれやがって。ありがたくて涙が出るね全く」
大げさに肩を竦めた彼は、表情を真面目に戻して言った。
「納得できねぇのは百も承知だが、上からも正式な命令が来てる以上はやらざるをえん。明朝1000にここに集合、4課からも数名選抜の上で1030に出発する。何か質問は?」
「……ありません」
「まぁ、仕方ないですし……」
「俺も正直気は進まんが、二人ともよろしく頼む」
翌日。
現場から署へ向かう帰りがけのバンの車中で、ボクは容疑者の資料を読み直していた。容疑者はダラス・クワッチ、ヒューマン、65歳。ファームント製薬客室研究員。罪状は精神に影響を及ぼす、違法薬品の所持・使用及び不正売買。いわゆる麻薬に近い薬品で荒稼ぎをしていたという。
(……どういう、意味だったんだろう?)
容疑者は、最初はこちらの任意同行依頼に従っていたのだが――ボクがそこに居る事に気づいた途端、幽霊を見たかのように顔を青ざめて、確かに、ボクに向かってこう言ったのだ。
「おまえ……、生きていたのか!?」
……と。
ボクは容疑者の顔を知らなかったし、会ったのもこれが初めてでも、向こうは知っていたかのような口振りで。
気になって問いただそうと近づいて見るも、錯乱したその科学者からその場では結局何も聞き出せず、とりあえず取り調べは当局へ同行の後落ち着いてから、という事になったのだった。
「はふぅ……」
一つ、ため息を吐いて、目元を揉みほぐす。
「……車中で文章を読むのは、案外疲れるんだなぁ」
「目を悪くするから、明るい所で読んだ方がいいにゃ。
ただでさえその資料、文字が細かくて目がチカチカするにゃ〜」
バンの運転を買って出てくれたノラが、苦笑したまま教えてくれる。確かにその方がいいみたいだ。
「ねぇ、ノラ」
「んみゃ?」
「……さっきあの科学者が言ってたのって、何だったのかな?」
「生きてたのか〜、って奴?うーにゅ、他人の空似じゃないのかにゃ?それとも例の薬品で既にトンでて妄想を見た、とか……。エミにゃも知らないヒトなんでしょ?」
「うん。だから余計に薄気味悪いって言うか……」
何故ボクを見た途端、あの科学者が取り乱したのか。
釈然としないし、それになにより理由が分からないのが余計に気持ち悪さを増長していた。
「エミ姉、少しナーバスになりすぎてない?昨日の事で、気が立ってるんじゃ……」
「……うん」
確かに、そうかも知れない。
見知らぬ誰かから、悪意を持って命を狙われる……昨日の内は残務やら今日の準備やらで気が張っていたけど、今になって空恐ろしくなる。今考えると我ながら、本当によく反応できたものだ。
「内勤なら危険性は減るはずだし、事件がある程度見えるまで、中に居た方がいいよ。ね、そうしよ?」
「……うん、課長に掛け合ってみる」
流石に、次も同じようにかわせるとも思えないし、試す勇気も無い。それに毎日毎日狙われる事を警戒して普段の数倍の精神力を消耗するような日々を送るなんて、ボクに出来っこないだろうし。
「はぁ……」
とはいえ、事務仕事って実は苦手なんだけどね、ホント。
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