Cross Point
1st Night...[ウゴキダスジカン]









(……ちょっと、嫌なことを思い出しちゃったな)

調理をしながら昼間の電話をつい思い出してしまい、ひとつため息を吐く。
そう、ボクは孤児だったって言われてる。
言われてる、ってのは……ボクがその時の事を覚えていないから。
兄弟がいたのかも、姉妹がいたのかも、両親の顔ですら思い出せない。
当時覚えていたのは――ボクが何者かに大怪我させられたという事と…"エミーナ・ミュール"という名前だということだけ。
後になってウィル兄に聞いてみたのだけれど、教えてくれたのは……。

「4歳頃、ボクの本当の家族はボクの傍らから居なくなってしまった」

――という事だけ。あの後は何度聞いても答えてはくれなかった。
記憶がないのは当時の事件のショックによる一種の記憶喪失だ、って言ってたっけ……。
その後色々あって、ウィル兄やアム達と一緒に暮らしているから、今は一応、ボクはハーヅウェル姓を名乗らせてもらってるのだけど。

「……」

ボクとそっくりな人。
ボクの過去を、おそらく知っているであろう人。
どんな人なんだろう……?会ってみたい気もするし、会いたくない気持ちも、一方である。
DNAがほぼ一致したということは、おそらくは血縁関係なんだろう……妹か、姉だろうか。

「……調べて、みようかな」

会わなくとも、調べておいた方がいいかもしれない。
幸いボクはガーディアンズに所属しているから、たとえどんな些細な事件でも、ガーディアンズ、各惑星警察で担当した事件はガーディアンズ・ネットワークを利用して全て検索することができる。
お湯が沸騰するまでの間 、傍らにあるビジフォンに向かってキーワードを入力していく。
ボクが生まれた年から4年後の事件。失踪、蒸発、誘拐事件をメインに名前で絞込検索を掛けてみたのだが……。

「……該当、なし?」

そんな馬鹿な。

「検索の仕方が悪かったのかな……」

2度、3度。
検索を掛けてみるけど……やっぱりダメだ。
他の年の検索は……問題ない、故障というわけではなさそう。
と、言うことは……。

(……参照制限が掛かってる?)

誰が?
何のために?

「……」

ガーディアンズ・ネットワークは本来、所属する職員なら誰でもアクセスすることが出来る。
事件の情報を全て見られるわけではないけど、事件の概要やどんな事があったのか位は参照できるはず。それが出来ないのは。

(事件がなかったことになってる……?それとも……)
「参照されては…まずい事なの……?」

……なにか、猛烈に嫌な予感がする。
でも―調べれば……過去のことが分かるかもしれない。

「……」

数分迷った末、結局ボクは過去を知ることを進めることにした。前から、調べようとは思ってたんだし、いい機会かもしれない。
ビジフォンで検索できないのならば……方法を変えるまでだ。

「フィグ、ちょっといい?」
「ん、なんだいご主人?」

背後でお皿をテーブルへ並べてくれていたボクのパートナーマシナリ、GH422-パーソナルネーム"Fhig"-に声をかける。

「ちょっと、検索して欲しい情報があるんだ。……今年がAC0102年だから、AC0085年か。
  その年に起きた事件、事故、全て参照して欲しいの。出来る限り、詳しく」
「0085年だね、任せとけ!」

パートナーマシナリと呼ばれる彼女達は、ボクらが使うネットワークとは別に独自の情報網を持っている。
噂話、役に立つ情報立たない情報、その他諸々――流れている情報はボクらが扱う情報とあまり変わりはないようだけど、話し好きな彼女らの情報力なら、もしや……とも思ったわけだ。
でも、その考えはすぐに後悔に変わった。

「……あれ☆! なんか◎? 変?◇!」
「フィグ……?」
「ll@fど@s^−09r^え……」
「フィグっ!?」

ビクビクと痙攣を繰り返すように全身を震わせ、そのまま気を失ってふらりと倒れるフィグ。
慌てて抱き起こしたその小柄な身体は……要所要所が過熱したかのように熱かった。
熱暴走……?いや、戦闘中以外にそんな症状を起こした覚えはないし……。

「しすてむ、りぶーとシテイマス……。……アレ?ご主人?」

気がついたフィグを、思わず抱きしめてしまう。
良かった、無理させてごめんね……。

「大丈夫?身体に変なところない?」
「うひゃ!くすぐったいよご主人っ?!
 ん〜、オレはどこも悪いところはないぜ?……ちーっと記憶回路が過熱気味っぽいけど……。それよか、どうしたんだよ?そんな怖そうな顔で……」
「え、あ……うん、なんでもないんだ。
それより、さっき指示した検索は今後一切やらないで。いいね?」
「はぇ?なんかご主人から検索依頼受けたっけか?」
「……ッ?!」

PMは就寝時でも起床時でも、パートナーとなる主人の記録を取り続けている。
普段それは公表される物ではないけど(これが公表されたらプライバシーの侵害だよ……)、危険な任務につくことも多いボクらガーディアンズにとって、これはいわばフライトレコーダーみたいなもので、万が一フリーズしてもその直前の記憶からPMは再起動がかかる。
PMの記憶がそこだけ消去されていたって事は、どこからか強制介入を受けたとしか考えられないわけで……。

「ご主人……ご主人の方こそ大丈夫か〜?ボケてないかー?」
「ん〜。一応、今度病院行こうね、フィグ」
「うぇっ?!病院は苦手だよぉ……」
「今回はガーディアンズの医務課でなくて……知り合いの、ね」

こっちの線から攻めるのも危険みたいだ……。
こうも露骨に妨害されるってことは。警告なのかな、深入りするなって言う。
でも……諦めきれなかった。
ここで知っておかないと永遠にその機会が失ってしまいそうな、そんな気がしたから。
それに――フィグをこんな目に遭わせた奴に、負けたくないって思いもあったし。
でもまぁ、とりあえずは……。

「ノラの夜食、作ってあげないとね。フィグも手伝ってよ」
「お安い御用だぜ、ご主人♪」

フィグの笑顔を守る為にも、胸中に出来た恐怖心を振り払うように、ボクはひとつ頷いた。