「わざわざ、こんな時期じゃなくても良いじゃないですか?」
「こんな時期だから、って話もあるだろがよ」
メールの送付元は、ベルナドット課長からだった。
何でも唐突にパルム警察から事件の引継を示唆され、G'sの機動警備部上層部としては自身の災害復旧が優先という事もあり、満場一致で晴れて3課はこの件お役御免。久々のオフとなったのでお前も来い、という経緯らしい。
トラブルを抱えたままのフィグを一人にするわけにもいかないのでシンクに精密検査ついでに預かってもらい、わざわざ寄越された無人タクシーに乗ってで呼び出された先は雰囲気の良いバー"Lunatic"だった。入ってみると、中は貸し切りになっているようで沢山の顔見知りが出迎えてくれた。
「お。エミー遅いぞー?」
「エミナさんー!」
「やほー、先に始めてるよエミさん」
「あ、エミにゃー、こっちこっち!」
「呼ばれてんぞ人気者。ほれ、行ってこい!」
「あわわ……」
慣れない雰囲気に辟易としながら、ボクはとりあえず皆の座る隣に座った。
「エミにゃはこういう所、あんまり来ないにゃ?」
カウンターのイスに腰掛け、薄い琥珀色の液体が入ったグラス(炭酸が弾けている所を見るとモスコミュールだろうか?)をゆっくり口許へ傾けつつ、ノラが小さく聞いてくる。
「ん、そう…だね。
ボクはあまり自分からはお酒飲まないし……」
「あらら。たまにはお酒飲んで羽目外すのも大事ですのにー」
ノラの隣でそう言いながら、グラス片手にオツマミを食べていたのは中肉中背なヒューマン女性のカレハ。本名はもっと長いのだけど、ボクは勝手にカレやんって呼ばせてもらってる。
そいえばボクも、魚の鯖が好きってだけで何故か鯖味噌って先輩のアネマコさn…っとと、さんって付けると怒るんだった…マコ姐から呼ばれてるんだっけ。
そのマコ姐は、今夜は旦那さんと外せない用事があるそうでここにはいないのだけど。
……閑話休題。
そいえばカレやんて、あんまりお酒を飲むようには見えなかったのだけど……。
「私も、皆さんに鍛えられましたから〜」
ボクの視線に気づいたのか、てへへと笑う彼女。なるほど、確かにこの面子ではそうなるかもしれない。
「しかしエミーも大変だったなぁ、撃たれるわ部署異動になるわで……あいてっ」
「もう、練炭もちゃんと自分で頼んでください!」
「へい!」
その向かいでカレやんのオツマミをちょろまかそうとして、手のひらをベシっとひっぱたかれてたのは長身痩躯な男性ビーストの練炭。
本名の「スニファート・レン」って名前と、肌の黒さがその相性の由来になったらしいのだけど、妙にしっくり馴染むんだよね。ボクよりずっと年上だけど、初対面の時に愛称で呼んでくれ、と人懐こい笑顔で笑われたら、従うしかないわけで。
普段はとても紳士的なのに時たま出るセクハラ発言やら猥談やらは、隊長のPBや、何故か隊員なのに"ボス"と呼ばれるビス男のYoshio.、それを面白がってるマコ姐らと共に3課の風物詩ともなっている。……その後の夕月先輩やノラ等によるセクハラ男性陣への粛正も含めてだって言うんだから、アレな風物詩もあったもんだけど。
「ん、部署異動って言ったって一時的なものだし……」
「ふふ、練炭とカレハさんは仲良いよねぇ?」
「あ、え?その、お、お隣同士なだけですから〜!」
「え、そうなの?」
「おや、それは初耳〜w」
夕月先輩の何気ないつっこみに顔を真っ赤にして否定するカレやんと、ちょっと本気にとって落ち込む練炭。
只でさえ未曾有の大災害の後で、神経がささくれるような事柄が多いだけに、こういった機会は良い意味で清涼剤になってるのかな……たまにカレやんが爆弾発言するのは、彼女もまた3課所属だから、と言うべきか。
「にゃふふ〜♪」
そんな三人を見てニコニコしてるノラの横顔を、そっと盗み見る。
ノラ――ノラネコは、外見こそボクより幼いけれど、ボクのG'sでの教官の一人だし(有り難い事に、本人は「教官言うにゃ!友達にゃ!」と言ってくれるのだが)、こういった場面ではとても大人っぽい。お酒を飲む姿も様になっていて。ちょっとそこが悔しくて、ビールを一気に煽る。
「んぐっ……すきっ腹には、ちょっと辛かったかな……」
「エミニャ、無理しちゃダメニャ〜」
「そうそう。こういう時は楽しんで飲まないと、ね?」
「ん……」
そんな頼りになる彼女に対して、ボクはこういう時だけつい、頼ってしまう。悪いと思いながら彼女に縋ってしまうのは、罪悪だろうかと思いつつ。
「ね、ノラ?」
今だったら、言えるだろうか。
今までずっと抑えてきた想いを、そんな風に思ってしまったのは、回ってきた酔いの勢いに任せてしまったからなのか。
「ストーップ、にゃ」
「……ぇ?」
「折角こんな雰囲気の良いバーに来てるのに、ちゃんと注文しないのはもったいないよ?ほら、店長さんだって困ってるし」
「ぁ……。ノラの言う通りだね」
タイミング、逃しちゃった。……それとも、ノラが気を使ってくれたのだろうか。
「はっは、違ぇねぇや。あんた、そっちの小柄な嬢ちゃんのご友人かい?」
「あ、はい」
「ま、世の中色々あらぁな。
――思い詰めてねぇで、そーいった類の燻りこそ、こういったとこで発散させにゃ損だぜ?」
ちょっと小太りのヒューマンの店長さんは苦笑いしてそう言い、ボクの目の前にワイングラスを置き、並々と薄く緑がかった色のお酒を注いでくれた。何かの果実酒のようで、ふわっと甘い香りが漂う。
「これは……?」
「最近入った、ニューデイズ産の白ワインさ。度数も低いから、飲みやすいと思うがね。
ああそうそう、こいつぁ俺の奢りだ。楽しんでってくれよ?うちの店の名折れになっちまわぁ」
……ここ数日だけでも、色々な事があった。
いきなり命を狙われたり、本当の家族かもしれない人物の存在がちらついてみたり。平静で居られる方が難しいんだよね、実際。
「帰りの足もあるし、今夜位は羽目外してもいいんじゃないかにゃ? ね、エミ姉 」
「そだね……それじゃ、戴きます」
ニッと笑って店の奥へと歩いていった店長さんに小さく会釈して、ノラに勧められるまま一口。
「ん、美味しい……」
普段あまりお酒を嗜まないボクでも、素直にそう思った。
よく冷えているのに甘すぎず、酸味も程々。かといってアルコール分が自己主張し過ぎるわけでもなくて。あぁ、すぅっと入っちゃいそうで飲み過ぎには注意だなぁ、これ。
「じゃ、ノラも同じの頼んじゃおっかにゃ〜♪」
「……飲みやすいから、飲み過ぎないようにね?」
「にゃふふー、問題ありませんにゃ!だって今夜は……」
「今夜は?」
「飲み会資金は隊長持ちですニャ!」
「なのだー!」
「いや、聞きたいのはそうじゃなくt……ってか、みんな酔ってるね?」
「飲み会なんだから当然ですー!さぁさぁ、エミナさんも飲んで飲んでw」
その哀れヤマアラシ改め宴会課長は、向こうでYoshio.と肩組んでビール瓶でラッパ飲みしてるし。いつそうなったのかは知らないが……翌日青くなってないと良いけど(主に資金面と二日酔いで)。
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