それからボクは1週間程、ネット利用の痕跡をなるべく残さぬようにシンク協力の元、彼女が作成した偽造IDを利用してネットカフェの端末を転々としたり、廃棄寸前のポンコツ端末を利用したりして情報の検索に明け暮れた。当然プロクシは偽装して、だ。
勿論、これは彼女の入れ知恵だ。
そもそもボクの専門は実働であって、諜報ではないからその辺りの"足跡を残さない為の工作"の知識は彼女に頼りっぱなしだった。てゆか、シンクって普段どんな世界に生きてるんだろ……?
そんな感じで、合法な手も非合法な手も総動員して"あの時"の事を調べ、それから導き出される、ボクの"敵"を明らかにしていく。
「ご主人、シンクの姉貴、お茶が入ったぜ〜」
「あ、ありがとねフィグ」
「フィグちゃんありがとね。
しかし、エミがこんなにもアグレッシブだったなんて思わなかったわ……」
「もっと堅実な人間だと思ってた?」
「うぅん、リスクを犯したがらないタイプだと思ってた」
「そ、そう?」
「……エミの本気を引き出せれば今とは違う、もっと……」
惑星パルム、旧市街のシンクの療養所兼自宅の奥で今まで収集した情報を纏めながら、シンクの呟きを聞こえなかった振りをしてボクは手元のキーボードを叩き続けていた。
結局、情報を紐解いていくと、最終的に一つの壁にぶち当たった。辿っていく段階で必ず"プロジェクトRDH"という言葉が出てくるものの、その先がふっつりと途切れているのだ。
"プロジェクトRDH"とは何なのか。そして、その壁を越えるにはどうすればいいのか――。
機動警備部3課の班長を任されているとはいえ、諜報部や情報部の隊員でもないボクが情報を自由に扱えるはずもないし、セキュリティを破るにしても全てを極秘の上で進めるにはボクでの腕では歯が立たない。
頼みの綱のフィグも先日のフリーズ騒動の後精密検査を受けさせた結果、マルウェアらしきものをインストールされてしまっていた事が判明し為暫くシンクのところで入院、経過を見る事になり現在のところ戦力外にせざるを得ない。
(――悩みに悩んだ結果が、ツテを頼ってガーディアンズ本部へのデータベースハッキングとはね……)
考えも単純で捻りも何もない、力任せの中央突破。これじゃそこらの犯罪者と変わりないよなぁ、と自嘲気味にため息をつく。
だが、壁を越えられなければ、先には進めない。
「ん、これかな……?」
「そんなあっさり……?!」
ボクの非公式な依頼から1時間程、猛烈な勢いで自前のカスタム端末のキーを叩いていたシンクが、こちらへ振り向いて無い胸を張ってふんぞり返る。
「無い胸は余計だよ!!
ん、コホン。……まぁ、アタシ位のハッカーだったらコレくらい朝飯前よん♪」
「それって腕のある人間には殆どザルって事じゃない……今度それとなく情報部の人に伝えとかなきゃ……」
「あぅ、それは止めてよ……せっかく仕掛けたバックドア、また仕掛け直さないとじゃない!
それよか……アタシの腕も少しは誉めてほしいナー……くすん」
「確かにすごい腕だし尊敬もするけど……おおっぴらにキミの事誉めたら、ボクの首が飛ぶよ、……物理的に」
「アハ、それもそうね」
肩を竦めて苦笑したシンクは、画面に視線を戻して言う。
「それにしてもこのファイル、"アルティア・メモ"って記載があるファイルも含めて、偉くガチガチにプロテクト掛かってたけど……。
普段のエミらしくないこんな危険な真似までして、いったい何を探ってるの?」
当然、その質問はあると思っていた。でも、これ以上シンクやフィグを巻き込むわけにもいかない。
「……今は、何も言えない。コレが世間に漏れたら――」
それに、あの子――ルシーダも。
「……だから、言えない。それより、身元が割れそうな情報、残してないよね?」
「……まぁったく、誰に向かって言ってるかなぁ?そーいうのをニューディズに伝わる古い諺でシャカニセッポウって言うの。アンダスタン?!」
「シャカニ……えーと、はぃ、ボクが悪かったデス...」
「んむ、分かればよろしい」
シンクは表情を緩めて、ボクを何処か心配そうに見つめてくる。
「それに、アタシ達の業界ってのは……聞くは無礼、語るは不作法っていう、暗黙のルールがある。無闇に詮索する奴に待つのは身の危険、ってね。
――内容は一切読んでないわ、保証する」
「うん、ごめん」
「謝る必要はないわよ、訳ありなんでしょ?
とりあえず、暗号掛かってたそれっぽいとこを片っ端から平文化して圧縮しといた。
後は……コイツを生かすも殺すも貴女次第よ……ただ、一つ約束して」
「何?」
「……絶対に、無理しないで。
協力なら幾らでも出来るし、その気も惜しまないけど……貴女は一人しかいないのよ」
ここまで言ってくれる彼女に、本当に頭が下がる思いだったけれど、その約束だけは出来なかった。あの子を救う為なら、何だってやるつもりだから。
意図を探られないようにしながら、ボクは何とか笑みをつくる。
「ん……その、ありがとう。成功報酬はいつものとこ?」
ボクの問いに対してシンクの口から飛び出たのは、意外である意味予想できた言葉。
「そうね〜、ハッキングがアタシの仕業だと口外しない事と、後は……んふふ、いずれ精神的に、ネ?」
(……ひぃ、しまったああぁぁ)
色っぽい流し目を送って来たシンクに、今後襲い来るであろう彼女の"攻撃"を予感して、ボクは今までで最大級の寒気を覚えたのだった。
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